物語TV取材

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★好きな映画★

  • 『リトル ダンサー』
    これも愛の物語。親子と兄弟、家族、師弟。最後のお父さんの表情が泣ける。最低でも4回泣いてしまうシーンがある。
  • 『ゴッド ファーザー』全パート
    愛・家族を守ろうと思うのに、危険におとしめてしまう悲しい人生。哀愁と悲哀と、、、これは愛の物語ですよね。
  • 『ザ サウンド オブ ミュージック』
    家族で最初に見たミュージカル映画。最初にサウンドトラック レコードを自分のお小遣いで買った思い出の映画。

Ken-chan

  • Maturi
    甥のKen-chan

行事

2008年8月 3日 (日)

更に恵比寿の盆踊り

軽井沢からの帰り道、新幹線に乗っていると友人から電話がありました。「今日は恵比寿の盆踊りで、これから行くので、あなたもいらっしゃい。」

これまで、恵比寿に住んでいた頃は、毎年浴衣を着て、参加していました。毎年、7月の最後の金・土でしたが、今年は、8月で、ゼミ合宿と重なってしまいました。今年は、参加できないな~と思っていましたが。。。

東京駅に着くのが、7:30。それから、恵比寿に移動しても8:00くらいには着けそうです。というので、こういう時は、疲れも何のその。

同じマンションだったMさんは、今年も町会の焼きそば売りで大忙し。八百屋のおばちゃんも元気に踊っていました。踊りの先生も相変わらず美しく、テキパキと忙しそうでした。また、同郷のYさんにも偶然出会いました。恵比寿の盆踊りは、やはり、はずすことのできない年中行事です。

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2007年7月29日 (日)

BON DANCE 夏の風物詩-恵比寿盆踊り大会 2007-

10pict1540 今年もやってきました!恒例、恵比寿盆踊り大会。昨年できた恵比寿音頭、及びサンバ調のYes,Yes,Ebisuで、今年も大いに盛り上がりました。ここに住んで13年、やっと、恵比寿の住人になったような気がします。約束していなくても、行き会う友達や知り合い、そして、同じマンションの人は今年も焼きそばを焼いていました。ずっと、PTAの関係の人たちが焼きそばを担当していると思い込んでいましたが、「町会の焼きそば」でした。つまり、私も住んでる町会の焼きそばだったということがはじめてわかりました。

10pict1551 他の町会のおばさま方もそろいの浴衣でやぐらの上で踊りをリード致します。この辺りの町会のおばさまも小料理屋さんの女将さんだったり、レストランのマダムだったりするので、皆さん髪もビシッときれいに結い上げ、お化粧もバッチリ。立ち居振る舞いも日本舞踊や小唄でもやっていたような感じで、そん所そこ等の町会のおばさんとは違います。もちろん、踊りも上手10pict1550 です。日本舞踊家で恵比寿音頭の振り付けをして下さった西川瑞扇先生も一緒にやぐらに上がります。(左の写真、中央の白いお着物の方。)さすがに優雅で見とれてしまいました。

私もビールを飲んで、焼き鳥、枝豆、焼きそばで力をつけてから、恵比寿音頭、Yes,Yes,Ebisuを心から楽しみました。

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          最後まで踊った人には(途中休んでいましたが)、協賛企業のカルピスさんから飲料が配布されました。ありがとうございました。恵比寿音頭の歌詞には、こうした企業名も盛り込まれています。

10pict1557 最後に、振り付け、日本舞踊家の西川先生と記念撮影。お互いに汗だくですね。

本当に楽しいので、是非、来年は、皆さんいらして下さいね。

この後、友人と居酒屋で、生ビール、ワインと軽い食事で興奮の余韻を楽しみました。(食べすぎ?運動したからいいでしょう?)

2006年8月18日 (金)

お盆

8月13日の迎え盆と16日の送り盆を実家で過ごした。今年は祖母の三回忌だ。若い頃は、この時期は自分の遊びで忙しく、学生時代は、合宿やなんだと不在が多く、就職してからももっぱら海外旅行などに出かけていた。30代後半からは、なるべく実家に帰り、お墓参りもするように心がけている。

甥が生まれてからは、成長を見守るのが楽しく、実家に帰ることも多くなった。祖母が亡くなってからは、また一段と家族・親族の絆が強くなったような気がする。

自分の若い頃はお墓参りもあまりせず、もともと信心深いほうではないので気がつかなかったが、13日も16日もよその家は若い男の子なども結構ちゃんと提灯やお花をもって家族でお墓に来ている。ちょっと見るとヤンキーっぽいおにいちゃんも。

最近は、「オーラの泉」などの番組人気の影響もあるのか、先祖供養への関心が一段と高まったようだ。

こどものころは、祖母と提灯を下げて、歩いてお墓へ行き、火をつけて、歩いて家にご先祖様を連れて帰る。縁側に水を入れたバケツを用意し、そこで、足を洗って、家の中に入る。

先祖が数日を家で過ごし、16日にはお団子をつくり、茄子の馬を作る。割り箸で足を、とうもろこしのひげで尻尾を、そうめんで手綱をつくって家の前の畑でお線香をあげ、お花などとともに燃やして煙で先祖を送った。今では畑もなくなってしまったので、敷地内の危なくないところで、行っている。

_10_2 それから、お墓に行く。父方のお墓へ行った後に、母方のお墓にお参りする。

こういう行為は、宗教行事なのだろうか。確かに仏教のしきたりにのっとったものであり、お寺のお坊さんにお経をあげてもらうのだから、仏教行事だ。だが、国際的に考えられている「宗教」とは、日本の場合、全く違うように思う。

幸か不幸か、物心ついて家からだした最初のお葬式が一昨年前の祖母のお葬式であった。そのため(?)自分の家のお墓のあるお寺が何宗の何派かなど考えてみたこともなかった。ましてや、多くの宗派の中から、その宗派の考え方や教義が良いと信じているからそのお寺を選んだ訳ではない。地域にあるお寺がたまたまその宗派であったというだけに過ぎない。たぶん、大概の家がそういうことなのではないか。

そういう意味で、日本ではいわゆる「宗教」というのは、あまり馴染まないように思う。習慣や生活文化、風習の中に入り込んでしまっている。逆を言えば、考える猶予も余地もなく、そのように知らないうちにそうさせられてしまっているという言い方もできるのかもしれないが、基本的には、生活文化・風習・行事として、受け継がれている。

だから、私たち日本人は、他の宗教にも寛容であり、クリスマスも正月も何でも生活行事として取り入れている。神社だろうが、お寺だろうが、あまりこだわらない。本当に心の問題で個人的な問題であるならば、お寺に行こうが神社に行くまいがどこでも心で手を合わせればそれで良い。先祖にお礼をいい、敬い、子孫の平安と繁栄を願うことは、人であるならば、それは、ごくごく当たり前の行為であり、感情の問題だ。これを、研究者的に、当たり前の行為をあらためて問い直すという姿勢をとるならば、思想に一致しない行為を行うことに疑問を持ってしかるべきである。

大学院の時に同じ研究科に在籍し、そのまま博士課程にすすんだAさんは、「自分はキリスト教徒なので山へ行って神社の前を通る時も、修学旅行でお寺の前を通る時も、絶対に中には入りませんよ。」と静かにしかし力強く言ったことがある。それを聞いた時には、目からうろこだった。

私は、あまりにも神社やお寺のことを知らない。そして、日本の教育では、そうしたことをアカデミックの現場で教えてこなかったように思う。神話や歴史の中で素通りしたに過ぎない。特に、戦後の諸事情より、敢えて、仏教も神道も宗教なのか宗教でないのか、そのあたりの考えかたをうやむやにしてきたようにさえ思う。あるいは、いまだに日本人の精神性は土着的なシャーマニズムの世界なのかもしれない。

生活環境も家族の形態も変化していくなかで、このようなお盆の行事やしきたりがずっと続くものなのか、どうなのか考えてしまうことがある。こういう行事を大事にし残したいとも思うが、その本質をあまり考えたことはない。

沖縄の竹富島に取材に行った時に感じ、考えたことと同じようなことを自分の身近なところでも考える今日この頃である。

この年になっても、まだまだ知らないことが多いことを思い知る。

2006年8月14日 (月)

夏の風物詩-手筒花火-

Tedutuhanabi0383_1 手筒花火を見たことがありますか。その名の通り、花火が入った筒を手に持って、その場で打ち上げるパフォーマンス花火です。

なかなか、勇壮で迫力があり、また、怪我でもしないのだろうかと心配にもなってしまう生々しい花火です。

その起源は、戦国時代の合戦時の通信手段とされた「のろし」であるといわれています。火薬の威力を認識した徳川家康が、その製造・貯蔵を禁じたときにも、徳川発祥の三河にのみ、特例として許可を与え、家康の鉄砲隊が火薬の扱いをその地域の子弟に伝え、後に祭礼の献上花火になったと言われているようです。

Tedutuhanabi0395 五穀豊穣、無病息災、成人の門出などを願って、三河地域を中心に手筒花火がずっと継承保存されており、今では各地の夏祭りイベントなどでも引っ張りだこのようです。

2006年7月30日 (日)

夏の風物詩-恵比寿盆踊り大会-

毎年、7月最後の金、土は、恵比寿の盆踊りが町会、商店会の主催で開催される。同じマンションで唯一言葉を交わす方がPTAで毎年焼きそばを焼くことになっており、「また、来てね。」とういので、ここ5年くらいは、毎年、浴衣を着て参加している。

Yagura_1 今年も友達を誘って、参加した。イスラム学院から一旦家にもどり、19:00に集合。既に盆踊りは、始まっていた。昨年は、マツケンサンバがあったが、今年は「恵比寿音頭」ができて、新しい踊りが増えた。これが、サンバ調でなかなかノリが良い。歌手の田島久美さんが生歌で披露。これがまた坂本冬美さんばりのノビのある声で良い感じ。

町会の日本舞踊家・西川瑞扇さんの依頼で、西川さんの舞踊公演を制作した北村文典さんがプロデュースしたのだそうだ。脚本家・堀越真さん作詞、小野寺忠和さん作曲と、俳優松平健さんの舞台制作などで活躍する“仲良しトリオ”の手で、通常の音頭と、サンバのリズムバージョンと2種類の「恵比寿音頭」が完成したそうだ。

最初は、踊りを見ていただけだったが、焼きそばを食べて、力つけてから、いざ出陣!

Bon_dance_2 炭鉱節、八木節、大東京音頭、恵比寿音頭。。。こどももたくさん集まった。こんなにこどもがどこにいたのかと思うほどたくさん。外国人も浴衣で一心不乱に踊る。

年配のおばさんもおじさんも、若い女性も男性も、見た目危ない感じのお兄ちゃんも皆楽しそうに「ソレー」「フュー」「ヘーイ」と掛け声を掛け合いながら、踊りの輪は、3重、5重、6重と、終わりに近づくにつれて大変な盛り上がりとなった。

Yagura2_1 やぐらの上で踊る八百屋のおばさんも嬉しそうに下を見ながら踊っていた。

昨年は4万人の人出だったと聞いているが、今年は、それ以上だったに違いない。

恵比寿という都会でこのような行事が、年々盛り上がっていくのは、大変嬉しい気がする。

ここに住んで12年になるが、恵比寿には外国人も多く、都会の洒落た雰囲気もありながら、一方で神社があるせいかお祭りも多く日本的土着的な面も兼ね備えている。商店会やPTAなども一緒に協力して、地域を盛り上げようという意気込みが感じられる。

なかなか楽しい夜であった。恵比寿音頭は大成功!

おまけ:根本りつこさんも地元出身だそうで、名前を染め抜いた浴衣で踊りの輪に加わり、地元おばちゃんの声援にきさくに応えていた。