2008年5月12日 (月)

二本松、岳温泉へ

Miraikansymposiuma0262 3月14、15日、ジャーナリスト下村満子さんからのお誘いで下村さんが館長を勤める福島県男女共生センター男と女の未来館の視察に行きました。ちょうど、15日に「世界の大使が語る、日本の今」という国際シンポジウムがあるので、この機会に是非とのお誘いでした。私の方は、ピッコロ・バイオリンのセドフさんの来日中でしたので、お誘いをお受けしようかどうか躊躇しておりましたら、下村さんからは、「それだったら、迷惑でなければ、セドフさんも一緒に来てもらって、岳温泉にでも泊まったら。家の実家に泊まってもいいわよ。」と言っていただきました。ちょうど、王子ホールのコンサートの翌日で、オフ日に設定しておりましたので、本人に確認しましたところ、「WHY NOT」というので、ちょっとしたエクスカーションとなりました。

流石に、下村さんのご実家に泊めてもらうのもナンなので、共生センターの宿泊施設に泊まろうかとも思いましたが、下村さんが、「せっかくだから、岳温泉にしましょう。」と、下村さんも一緒に岳温泉の旅館に泊まってくださることになりました。ということで、急に決まったのですが、トントンと下村さんが女将さんに電話をいれて予約もしてくださいました。

Kpict2454 Kpict2450 まずは、男女共生センターの視察です。ここは、宿泊施設、各種研修室、ホール、レストランを備え、介護の最新の設備、用具などの展示紹介、使い方の講習、各種啓蒙事業の開催、助成事業などもやっています。また、下村さんが館長として、地元から国際的なものを発信しようと、各種セミナーやシンポジウムなども定期的に主催しており、地域の人々の交流の場としても広く活用されています。翌日のシンポジウムの準備でお忙しい中、後藤副館長さん他、スタッフの皆様が送迎からご案内まで、大変ご親切に歓待して下さいました。

Kpict0242 二本松城跡の石垣の外には、下村さんが幼少時代を過ごしたご実家があり、石垣の中には、下村様の曽祖Kpict0287_3 父、山田修さんの銅像があります。下村さんのご先祖は、代々ここの家老をしていたようですが、明治になって、民を食べさせるために一早く会社を設立し、海外から機織り機を導入し、絹製品を輸出して財を成したようです。地域の人々に貢献したということで、ここに銅像がたてられたようです。 その後、激動の時代の中で、事業もうまくいかなくなってしまった時もあったようです。満州Kpict0261 からご両親とともに引き上げてこられた下村さんは、ご両親が東京での生活の基盤を作る間、ここで、おばあさまに育てられたそうです。色々な話が盛り上がって、久々に無防備な大笑いをしてしまいました。

Kpict0277_2 共生センターの職員の方に送っていただき、夕食の時間に間にあうよう、 岳温泉の旅館に移動致しました。ここでは、典型的な温泉旅館のお料理とお湯を楽しみましKpict0274 た。セドフさんと下村さんは、貸切風呂を予約しましたが、私は大きなお風呂に行って来ました。山の夜は、流石に静かでした。しとしと降る雨の音だけでした。

Kpict0286 翌日は、共生センターでのシンポジウムの聴講をしました。アイスランド、ウルグアイ、シンガポール、マリの大使が参加され、特にアイスランドがエコで経済的にも素晴らしい成果を上げていることを初めて知りました。

セブン・イレブンの取締役執行役員の山口さんもわざわざ東京から、この日、視察を兼ねて、シンポジウムの聴講にいらっしゃいました。私の右隣にお座りになっておりました。

Kpict2463 夕方のレセプションでは、下村さんが私とセドフさんをご紹介くださり、お礼にセドフさんは、チャイコフスキーの白鳥の湖から「ロシアの踊り」とビゼーのカルメンから「ホセのアリア」を演奏致しました。長井鞠子さんが通訳をしてくださいましたが、長井さんもビオラをやっていらっしゃるそうで、大変興味深くピッコロ・バイオリンについて、質問をしていました。県知事も是非、今度は福島でも演奏会をと言ってくださいました。(しっかりとらまえなければ!)福島民Fukushimaminnoua0263_2 友新聞と福島民報の支局長が取材をしてくださって、両紙に掲載していただきました。民報には、下村さんが「私の友人の」と私をご紹介くださったのをそのまま活字にしていただいて、ちょっと、気恥ずかしいというか、おこがましい感じです。

翌日は、午前中からリハーサルがあるので、レセプション終了後に、帰京致しました。

福島は、叔母が郡山におりますが、なかなか皆さん人情があって、いいところですね。セドフさんのレコーデンングも郡山でしたし、ご縁があるかもしれませんね。

| | コメント (0)

2008年5月 8日 (木)

確かに"皿回しのよう″でした!

昨晩というか、今朝の未明と言いますか、ここへ移転してから、初めての地震がありました。まだ、PCに向っておりましたので、「来たぞ、あれ~。大丈夫か~」と一瞬固まりました。

おそらく震度3くらいだったのかと思いますが、ゆっくりと大きく揺れました。前に30階に住んでいる男の子が「恐いよ~皿回しの皿みたいになっちゃうんだよ。」と言っていましたが、確かにそれを実感致しました。全くうまく表現したものです。本当にゆっくり回るように揺れていました。一瞬、震度6くらいかと思って、非難する準備をしたほうが良いのかと思ったりもしましたが、TVの地震速報では、関東では震度3の案内が出ていましたので、これは、大丈夫だろうとじっとしておりました。若木小学校で頂いた剣玉が本棚から落ちましたが、他は、大丈夫でした。でも、何か音がしてましたね。揺れている音。。。

12階でこれですから、30階はどんなに揺れていたのでしょうかね。

| | コメント (0)

2008年5月 7日 (水)

小栗上野介の縁?マンドリンの縁?群馬の縁?

Oguri_2 先日、高校時代の恩師のマンドリン楽団の演奏を聴きに行った。私は、高校時代にマンドリンギタークラブで指揮者をしていた。あまりにマンドリンが下手だったのだ。

この演奏会は、明治大学博物館で開催された「小栗上野介企画展」の記念演奏会で日大カザルスホールで開催された。小栗の功績の朗読と演奏。そして、小栗の人生をテーマに作曲、作詞されたオリジナル曲が披露された。中には、懐かしく、高校当時のレパートリー曲も演奏され、自然と手が指揮をしてしまう。

さて、このイベントは、小栗の功績を正しく顕彰しようという小栗上野介顕彰会及び千代田区神田駿河台西町会の主催で、小栗が生まれた駿河台と小栗のお墓のある高崎市(旧権田村)東善寺を中心とした顕彰会との共同企画主催事業だ。これを群馬県人会が応援することになった。その記念演奏会が恩師のマンドリンであり、実は、私が高校1年の時のマンドリンクラブの夏合宿先がこの東善寺だったようだ。その当時は、お寺の名前もよくわからなかったし、小栗上野介が隠遁生活をその寺で過ごし、学問塾をやっていたことも、そこにお墓があることも全く知らなかった。

Oguriura 東善寺の住職は、昔、私が通っていた高校で国語の先生をしていたことがあったらしく、この先生がマンドリンの両角先生を我々の学校に紹介したようだ。

懇親会の席上では、一言何かを誰かに言うと、「それじゃ、何年卒でしょう。」とかいう具合に、自分もよく知らない関係性が徐々に明らかにされて、何だかとても不思議な感じがした。

この演奏会で独奏した桝川さんは、高校のクラブのずっと後輩であって、これまで面識もなかったし、マンドリンの独奏コンクールで全国優勝をした実績があるということも最近聞いた。

それで、更に驚いたことには、なんと、その時のピアノ伴奏者が、偶然にも、日本サロンオーケストラのピアニストで、昨年から、ピッコロ・バイオリン奏者グレゴリー・セドフさんの伴奏を何度かお願いしていた朝原望さんだったことが、インターネット情報で発覚したのでした。京都生まれの朝原さんと桝川さんがどこでどうご縁があったのかは知らない。

母に、この話しをしたら、桝川さんは、弟のお嫁さんと同級生で結構親しいらしい。

早速、桝川さんにも東京同窓会に入ってもらおうっと。

ちなみに、明大博物館の担当の法学の伊能秀明先生も群馬県のご出身だったことで、色々なことがスムーズに進んだようでした。

| | コメント (0)

2008年4月24日 (木)

またしてもやられた!

12月に大変な思いで急な引越しをしたにも関わらず、約束された引越し代金等がまだ払われていません。

私も忙しさにかまけてちゃんとチェックしていなかったのですが、確約書を書面でもらっていたので、まさか、払われないとは思ってもみませんでした。昔の会社の上司で、資産の法律相談などをしているA氏に相談すると、「それがあなたの人生ですよ。普通は、先にもらうまで、出ませんよ。そこがあなたの甘いところです。」とほほ。。。

2月の末に気づいて、何度か電話やメールで催促をしておりましたが全然連絡がなく、そのうち、携帯電話には「この電話は現在使われておりません」になってしまいました。4月に入って、その担当者がその会社も辞めているということも発覚し、社長あてに電話をすると、敷金は払うがそれで終わりのはずという返事。確約書には、「その他、引越し代金実費」と書いてあり、社長の印鑑もあるのに、「担当者からはきいていない」とか何とか。。。

どうして、この世には、ずるい人や約束を平気に守らなかったり、後になって捻じ曲げたりする人がいるのでしょうね。よく恥ずかしくないですね。

川崎の「スカイ コーポレーション」という会社です。

ここは、頑張って、払ってもらいましょう。甘いと言われる私ですが、やるときゃ~やりますよ!

| | コメント (2)

2008年4月17日 (木)

コンサートに誘われて

先日、ナレーターをされているFさんからお誘い頂きまして、NHKホールで開かれた「クーペ&Shifo コンサート」へ行ってきました。私は、知らなかったのですが、NHKホールは、ほぼ満席。

Shifoさんは、「気分上々」という曲で日本のレコード大賞金賞を受賞し、200万枚売り上げたとのこと。

クーぺさんは、林家三平さんのところにいたこともあったようですが、破門になり、いろいろあって、5年前はホームレス寸前で、サウナで暮らしていたとか。

「そんな二人がユニットを組んで、NHKホールでコンサートをするまでになったのだから、奇跡としかいいようがない」とは、ご本人の弁。「家に帰れないお父さん」「負け犬もどき」「愛散々」「おかげさま」などクーペさんが書いたユニークな詩にShifoさんが曲をつけたオリジナルは、なかなか楽しく時折ホロっとさせます。誰にでも心当たりがあるような詩は、ユーモラスでありながら的を得た視点が多くの人を魅了するのだと思いました。「50歳を過ぎたら聴きたいライブ」と言われているようです。(ちょっと早かったですね。)

聖蹟桜ヶ丘にお店があり、お客さんが、プラっときて、楽器を演奏し、ライブをやっているそうです。学校の校長先生や会社の役員や様々な人がいるようで、このコンサートのステージにもそのバンドメンバーが参加していました。なかなか、やるもんですね。

ここでも、偶然に、うらわ市のセドフさんのコンサートに来てくれたお客さんに遭遇致しました。すぐ近くの席に座っていました。うらわで初めてお目にかかっただけでしたが、とてもお綺麗な方で、名刺を3種類も頂いたので、よく覚えていました。

なんか、私って、そういう引っ張る磁石があるのでしょうかね。成田空港や海外でもばったりということも結構あるのです。10年位前、NY行く時も、従姉の新婚旅行と偶然同じ飛行機だったこともあったんですよ。たまに困ることもありますね。

| | コメント (0)

2008年4月 8日 (火)

今日のお台場

今日は、朝からものすごい風がゴーゴー音をたてながら、横殴りの雨とで、「今日は外出できない」「したくない」と思いながら、なかなかベットから出られませんでした。

ちょっとだけ外へ出ている間に国際郵便の書留がきて、不在表が入っていました。見ると隣のマンションの前に郵便局の車が止まっています。というので、また、ちょっとだけ、傘をさし、10メートルほど歩き出しましたが、あまりの風の強さに、まっすぐ歩けません。というよりも体がくるくるくるくる回転してしまって、前を向いて歩けません。こんなことは初めてです。

アットいう間に傘もひっくり返り、傘の骨が3本折れてしまいました。隣のマンションの郵便受けにいた郵便局員さんに確認すると担当者が違うけど、きいてみましょうとその場で、別の担当者に電話をかけてくれました。ということで、2時間後にきていただけることに。

安心して、部屋に戻ろうと、エレベーターに乗ると、学校帰りの小学生2年生の男の子と一緒になりました。

「風、強いね。」「傘壊れちゃった。」と傘を見せると、「そう思って、ささなかったよ。」と自分の傘をちょっと上げて見せました。最近のこどもはしっかりしてて、頭がいいんですよね。

私が先に降りたのですが、ちゃんと"開ける″を押していてくれて、「さようなら」と礼儀正しく挨拶してくれました。

| | コメント (0)

2008年4月 6日 (日)

なかなか見ごたえのある桜and...

Kpict2610 久しぶりに群馬の実家に帰りました。東京の桜は、もう散りかけていますが、群馬の桜はまだまだです。久喜駅の辺りからも見事な桜が見えます。

Kpict2594 桜とギネスにのった鯉のぼりが今年は同時に見られるようです。菜の花もきれいですね。

Kpict2598 最近はお花の名所が多く、お花で観光客を呼ぶ動きが盛んです。周辺には、芝桜、かたくり、菖蒲、藤などなど、多くの花のKpict2596 名所があります。

| | コメント (0)

2008年4月 4日 (金)

今日のお台場

Kpict2583 今日、出かける途中、警視庁の車が何台も止まっており、TVクルーもたくさん。。。何か事件でもあったのでしょうか。自転車でその間をぬって駅に向かって、こいでいくと、「フィリピン人の殺人、、、」がどうのこのというささやきがモレ聞こえました。

Kpict2587 夕刊を見ると、バラバラ殺人があったようです。こんなに静かで平和そうな場所なのにね。桜ももう散り始めてちょっと悲しいですね。夕日がとてもきれいでした。

| | コメント (0)

2008年4月 3日 (木)

私も頂きました!さくら草

Kpict2381若木小学校4年生から頂いたさくら草、もって帰るときに既に上の長い茎が折れてしまいましたが、大切に育てたいと思います。

今は、ベランダに出しました。

| | コメント (0)

2008年3月 6日 (木)

3月2日さいたま市でのセドフさんのコンサート

2日は、さいたま市でのコンサートでした。このコンサートは、主催者の意向で、心奏(ララ)さんというゲストとのからみもありました。

ララさんは、音大のバイオリン科を出て、歌も歌っていますが、クラシックというよりもポップス系の感じです。この日は、ドラマのテーマソングになるというオリジナルの「唇だけの子守唄」と「サマータイム」を歌われ、「荒城の月」をバイオリンで一緒に演奏しました。

1部では、ピアノの本澤千恵子さんとスカルラッティのソナタとモーツアルトでしたが、2部の頭でララさんのゲストコーナーがあり、その後、チャイコフスキーに戻るので、ここのところは、一旦舞台から全員が下がってから、また、本澤さんとセドフさんが改めて出て行くというようなことにしてもらいました。

終演後には、打ち上げを開催していただきました。仕事でいろんな方々との出会いがありますが、こうした打ち上げなどがあると、仕事の現場では、話さないようなことも話すので、また、別の面が見えたり、どこかでご縁があったりと意外な発見があります。そもそも仕事で一緒になること自体が、実はたいそうなご縁なんですね。

以前に、アルロサというロシア政府が株の70%を所有するダイヤモンドの会社の仕事をした時もそうだったのですが、ロシアの方は、宴会の席上で、「○○の為に乾杯」「○○に感謝します。乾杯」と何度何度もやるんですね。セドフさんもそうでした。

ここのところ、あまり睡眠時間が取れていないので、座るとすぐに眠くなってしまいます。思い切り、ビールやワインを飲みましたが、これは、眠らないため。でもりんかい線の車中では、座ったとたんにうつらうつらしてしまいました。

帰りはセドフさんが頂いた大きな花束と自分の資料がたくさん入った重いかばんとCDなどを自転車の前のかごに入れ、東京テレポート駅から颯爽と自転車を漕ぎ出しました。ちょうど、フジTV前の交差点の近くでは、歩道が4メートルくらいあるにも関わらず、人が歩道一杯に広がっており、自転車が通れる隙間もありません。誰もよけてくれず、歩道の際に入ってしまったら、暗くて見えなかったのですが、そこには小さな段差があり、ビルの敷地と歩道の間の薄い縁石の淵にスルーとはまってしまいました。重い籠と籠からあふれる大きな花束が落ちないように片手でおさえようとしたその瞬間、バランスを崩し、転倒してしまいました。とっさに飛び降りたので、自転車が倒れただけで、怪我はしませんでしたが、なんだかスキーで雪のないところに片板が触れてしまってバランスを崩し、板が外れてすっ飛んだ時の感じでした。暗い道での自転車も目が悪いから結構危ないなと自戒しました。でも、道一杯に歩いていて全然よけてくれない人ってのも危ないですね。最近は、マナーがないですね。

Pict2309 頂いた花を飾りました。生け花用のはさみが引越しの荷物の中から見つからず、うまくいけられませんでしたが。

未だに、引越しの荷物のカートンが10個くらいあって、見つからないものがいくつかあります。

| | コメント (0)

2008年3月 5日 (水)

29日代官山音楽院訪問

29日、代官山音楽院をグレゴリー・セドフさんと訪ねました。ここのバイオリン製作・リペア科の方々にピッコロ・バイオリンという珍しい楽器を紹介するためにレクチャーコンサートを行いました。今日は、わたしは通訳兼アシスタントです。プロコフィエフやチャイコフスキーの演奏の後には、C.ハッチンス作のピッコロ・バイオリンの不思議な音色、特徴などをレクチャーしました。私も、ここでの説明で初めて知ったこともありました。

この日の訪問のきっかけを作ってくださったのは、バイオリン製作者協会の川原会長さんでした。川原さんも立ち会ってくださって、日経サイエンス社の「サイエンス」1981年12月号に掲載された、ハッチンスさんの論文「バイオリンの音響学」のコピーを持ってきてくれました。

「組み立て前のバイオリンの表板と裏板の振動特性を調べて、完成したものの音色を知ろうという努力が続けられている。この試験を行うことによって、今までバイオリン作りが“勘”でやってきたことの意味を解明し、あたりはずれなく、良い楽器を作ることができる」というヘッダーの後にハッチンスさんの論文は始まります。

「音楽の世界で、いまだに多くの謎になっているのは、過去何世紀かの名高いバイオリン作りたちが、製作上の知識としての物理学、音響学より以上のものはもちあわせていないにもかかわらず、どうして今でも、その美しい音色のために、宝物のように扱われる楽器を生み出せたのかということである。----」

美しい音を生み出すメカニズムを科学的に解明しようと研究を続けてきたということがよくわかりました。その結果、このセドフさんのピッコロ・バイオリンが生まれたのですね。いつか、このハッチンスさんの他の7種類のバイオリンを全部集めてコンサートをしたいと夢見てしまいました。

その日もそう遠くはないかもしれませんね。

代官山音楽院の生徒さんも先生方もセドフさんの説明に熱心に耳を傾け、このハッチンスさん製作のピッコロ・バイオリンに驚嘆と尊敬をもって大いに関心を示しました。実際に弾いてみてその音色を確認する生徒さんもいました。この日も「サラサーテ」さんが取材をしてくれました。

Kpict2288 Kpict2290 Kpict2298 Kpict2303 Kpict2305

Kpict2302

| | コメント (0)

ピッコロ・バイオリンのセドフさん来日

月日の経つのは早くて、もうピッコロ・バイオリンのセドフさんが2月26日に来日いたしました。翌日の昼には第一回目のコンサートが予定されていましたので、セドフさんは、ついた早々、夜8:00からのリハーサルです。

私も長く忙しい日々の始まりです。

| | コメント (1)

2008年2月19日 (火)

体重が減った?

先日、朝着替えをしていて、なんだかウエスト辺りがイヤにすっきりして見えたので、もしやと思って体重計に乗ってみると、あー体重が減っていました。ヤッター!と思ったものの、8年くらい前に弟に言われた言葉が蘇りました。

「あんたみたいに、忙しいと少し太ってるくらいじゃないと身がもたないんじゃないの?」

Kpict2210_2 ということで、ちょっと不安になり、そうだ!久しぶりにステーキを焼こう!ってなもんで、休日のブランチにエイヤット、下ごしらえをして、ステーキを焼きました。ハワイの友達の旦那さんもお肉を焼くのを上手ですが、それと同じくらい上手に柔らPict2214_3 かく美味しく焼けました。食欲旺盛で、パンとデザートを食べても食べても食べられるので本当に不思議。

Pict2220_3 翌日も今度はチキンをハーブで焼きました。お肉づいていますが、ヤッパリ力がつく感じがしますね。友達に「ブログ見てると、本当によく食べてるよね」と言われましたが、そうですかね。普通でしょう。粗食の時は粗食だし。

ここでは、なかなか買い物が大変なので、コープとか大地の会とか、いろいろと資料を取り寄せましたが、定期的に買うというのが、ライフスタイルに合いません。コープは、「どうですか。」とか頻繁に営業の電話があってうっとうしいし、カタログの中から選ぶのもなんだか、選ばされているようで楽しくないし。。。

それだったら、ネットで個別に必要な時に欲しいものだけ、取り寄せた方がいいように思いました。さし当たって、お米を探しましたが、楽天の江戸の米蔵の1等米。3種のお米を注文し、早速、会津産コシヒカリを炊いてみましたが、確かに美味しかったですよ。

| | コメント (0)

2008年2月11日 (月)

つかの間の休息

3連休は、なんだか調子が狂います。もろもろやらねばならないことが山積しているのですが、異常に疲れも感じるので、朝ゆっくり寝たいと思うのですが、もろもろ心配で起きてしまいました。

あまりのお天気の良さに、たまにちょっと休んでもいいんじゃないと、心のナマケ虫がささやきます。

自転車も買ったことだし、せっかく台場にいるのですから、自然の(人工だけど)恩恵をしばし楽しみます。

海浜公園の砂は、神津島から持ってきているそうです。成り立ちから考えるとまるでハワイのワイキキビーチですが、ちょっと、まだまだ、ですね。流石に今日は人出も多く、犬を散歩させている人たちも結構います。このあたりは、犬の洋品店や犬と入れるレストランや犬を飼っている人用のお店がたくさんあります。

Pict2209 私は台場公園に行きます。大きな桜の木がありますので、今年の花見はここですかね。

Pict2201 水も結構きれいで太陽の光にキラキラ輝いています。つかの間の一時でしたが、散歩して、自転車乗って。暖かくて気持ちがいいと思っていましたが、夕方になるとあっという間に風が冷たくなってきました。

| | コメント (3)

2008年1月23日 (水)

あちこちアポの多い日に、よりによって雪!そして。。。

昨年秋から、ほとんど、休みなしの忙しさです。その1日の間でさえ、てんこ盛りのスケジュールです。移動の合間に名刺や年賀状をトランプカードのように持ち歩いて、電話したり、喫茶店で資料作ったり、手紙書いたり。。。やらなければならないことが山積みでやってもやっても、また、別の案件が出てきてしまいます。

今日は、午前中某TV局へ行き、次の予定に遅れそうだったので、ランチをパスして横浜へ。横浜でもあっち行き、こっち行き、その後は、一度事務所に戻ろうかとも思ったのですが、その後のミーティイングに間に合いそうにないので、早めに目的地の新宿へ行くことにしました。資料を送る予定で、持ち歩いていたものの、途中に郵便局が見つからず、コンビニからメール便で送ろうとコンビニを探します。ところが、新宿の駅回りのコンビではメール便を扱っていないとか。。。面白いですね。台場のコンビニでは、どこでもメール便を扱っています。ということで、正攻法で西口の郵便局まで行くことにしました。

こんな大荷物をもって移動の多い日に限って雪です。傘も持たなければならないので、本当に行ったり来たりに疲れます。傘をさしたり、たたんだり。また、移動にもいつもより時間がかかります。

新宿には、少し早めに着いたので、カフェで遅めのランチというか早めに夕飯を少し食べることにしました。その間にも電話をかけます。最近、食事は、大体7分で食べます。(悲しい。。。)

高校の同窓会を昨年立ち上げましたが、ある時、男子校の60代の先輩から、「うちの近所に女子高の卒業生が何人かいるけど、なんの案内も来てないって言ってたよ。」と言われてしまいました。その後、ご近所にいる方、5人くらいの連絡先を郵便で送ってくれました。創立90年の学校ですから、卒業生の5分の1が東京にいたとしてもおそらく相当な人数になるかと思います。その方々全員に私一人で連絡することは不可能です。それに、どこにどういう方がいるかを調べることもなかなか大変です。

でも、「案内がない」と言われてしまって、しかも男子校の大先輩がわざわざ郵便で連絡先を送ってくれたのですから、連絡しないなんて失礼することはできません。A型の律儀な性格ですから。家に帰るのはいつも夜遅いので、それから、初めてのお宅に電話をかけることはできません。ですので、その手紙を持ち歩いて、移動の合間に時間があればかけてみようと私なりに努力をしているわけです。

そして、そんな思いをしてお電話をしてみると、、、

「あ、忙しいので、そういうのは、はじめから入る気ありませんので。」

ガーン。。。

携帯を投げつけたくなります。

気をとりなおして、夕方からは、オペラシティーで優雅なコンサートです。先日大江戸温泉に一緒に行ったOさんの関係のコンサートで、ご招待いただきました。「○○さんもご招待しましたので」ということで、こういうのも大事な仕事の一環です。お互いに忙しく、なかなか会えませんので、この機にいろいろと仕事の話しもします。こういうコンサートも社交であり、仕事の一環になっています。

1 マダムバタフライ世界コンクールというのを私は知らなかったのですが、若い方々の伸びのある透明で力強く、かつ軽やかな歌は、もっと聴きたいという感じでした。

1位の野中百合子さんの衣装は、黒留袖のドレスに内掛けをガウンのように羽織ったもの。そう言えば、私もドレスにしようと思って買った打ちかけがあったのでした。

| | コメント (0)

2008年1月21日 (月)

やられた思わぬ落とし穴

ここは、恵比寿の喧騒とは打って変わって、とても静かなので、外の様子が実はよくわかりません。太陽の日差しで部屋の中は温かいので、そのつもりで外出すると大変です。特に風の強い日は、目も当てられません。高層マンションなので、ビル風で、強風、突風です。着物ででれば、長じゅばんからお腰まで、舞い上がり、髪はぼさぼさ。「髪の乱れに手をやれば、赤いけだしが風に舞う~」(作詩 星野哲郎) と『みだれ髪』を口ずさもうと思っても強風で息もできません。バッグをもって、両手でどこをどうおさえれば良いのか。。。もうどうにもなりません。そして、カニのように横歩きにさせられてしまいます。もちろん、サングラスは欠かせません。

自転車を買おうかと思っていましたが、これでは自転車もうまく乗れないのではと思ってしまいました。強風時の自転車乗りは、群馬のからっ風の中、中学、高校と6年間自転車通学したので、大分鍛えられたはずです。

高校の時に、あまりの強風と砂が吹き荒れ、目も開けられず、薄目で自転車に乗っていた時のこと、何か白いものが視界に入ったと思った瞬間、よく電柱などに立てかけてある木枠に布を張ったような看板が頭を直撃しました。私の頭は、結構直撃されていて、中学の時に校庭でマット運動をしていたら、野球部のバッターが打ったボールが私の頭にホームラン。それって、結構ホールインワンっぽいタイミングじゃありませんか。私はぼけっとしていた訳ではありませんが、体操部で、マット上で練習をしていたので、後ろから来るボールは、全くみえませんでした。それに、こちらも、止まっていたわけではなく運動していたので、たまたま私の頭がそこに来たときにボールもそこへ来ちゃったという感じ。絶妙なタイミング!回りにいた人たちは、皆して「危ない」とかワーワー言っていたようですが、「え、何~」と振り返ろうとした時には遅かったというか、ちょうど良いタイミングだったというか。。。

それで、こんなになっちゃったんですね~。いろいろと思い出してしまいましたが、自転車もここ25年は乗っていないし、うまく乗れるのかどうかもよくわかりません。大丈夫でしょうか。

とにかく、この変則的な強風は、思ってもみませんでした。ほとんど、引っ越さなければならない期限とその間にどこか探さなきゃっていうスケジュールのなかで、あわてて物件を決めたので、周辺情報はおろか、電気がつかない部屋を懐中電灯でざっとみて、図面と窓からの眺めだけで、決めてしまったのです。その後も、周辺も部屋も全く見に行く時間もなく、そのまま契約してしまったのですから、思ってもみなかったことだらけですね。良い点では、思ってたよりも結構広かったということで、トイレやお風呂に行くにも遠いように感じます。天井も高いので、ステップ台を使っても自分では電気の付け替えができません。メデアージュがなにかも知らなかったのですが、ある人には「メデアージュが何かも知らないのに、そんなとこに引っ越すか~」と言われてしまいました。まあーこれもご縁といえば縁でしょう。「なんで、そんなとこへ行っちゃたの」という人もいれば、「良いところじゃない~」という人と様々ですが、結構これまでにない極端なところです。まあ、新しい環境で、新しいライフスタイルを目指しましょう。

さて、地震の時はどうなんでしょうか。ここは、それほど上階ではありませんので大丈夫だとは思いますが。先日エレベーターで小学生の男の子が30階を押したので、「地震の時って、どんな感じ」って聞いてみたら、「恐いよ、皿回しの皿みたいになっちゃうんだよ~」ですって。

| | コメント (0)

2008年1月14日 (月)

江戸千家お家元のお宅での初釜

13日根津にある江戸千家お家元のお宅での初釜に初参加致しました。TBSにお勤めの趣味人の友人の紹介です。以前にも何度か誘われていたのですが、これまでは参加する機会がありませんでした。

昔、表千家流を習っていたことがあるのですが、初釜やお茶会に参加するのは、もう20年ぶりくらいのことで、何をどうするのかすっかり忘れておりました。最初にお庭を抜けて一階の茶室で濃茶を頂きます。お客様は、30人ほどでしたが、女性は、流石に良いお着物をお召しの方々で、中にはちょっとうるさそうな方もいて、緊張しました。私も着物を着ていきましたが、帯を3度もやり直したものの、ちょっとゆるかったようで、帯がだんだん下がってきそうで気が気ではありませんでした。加えて久しぶりの正座に足は膨張し、しびれて立てないのではと少し座り方を工夫したり、なんと落ちつかないこと。しかも、結構後からお茶席に入ったので、お正客さんの隣の隣という席で、これまた落ち着きません。昔のお稽古用のかばんの中から一式もってきただけなので、皆さん名物布のような袱紗なのに、私はお稽古用の袱紗でちょっと失敗。お濃茶は、家元直々にいれてくださったものを3人目に頂きました。甘くておいしかったのですが、あまりにも濃くて、なかなかすすっても口までたどり着きません。口の周りについたのをなめた感じ。そうそう、お菓子もお饅頭でしたが、3色の餡でとてもおいしいお饅頭でした。お道具や掛け軸などを拝見した後は、3階に移動して、会席料理です。まさに、おせち料理の内容でしたが、数の子も田作りもからすみも美味しく日本酒が私にしては結構すすんでしまいました。食後は、番茶でしめ、今度は2階で家元の奥様がお薄を入れてくれました。この時のお菓子も練りきりですが、とても美味しく頂きました、お薄は、中でいれて運ばれたものでしたので、そのせいか、よく混ざってなくて、少し固まりがありました。

ということで、2:30から6:00近くまでの長丁場。久しぶりに静かな非日常の時間を過ごしてしまいました。はじめは、慣れないので、やることなすこと、慌しくあわててしまいましたが、会席の時から、心を決めてゆったり過ごすことにしました。普段、いかに時間を省いてパッパとやることやって、はい次、はい次と時間を過ごしているので、最初は、頭の中で、今日帰ったら、アレやってこれやって、、、そうだ、帰りにはあそこによってなどとあれこれ考えながら、こんなにゆったりしちゃーいられないみたいな違和感があったのですが、食事の時から、一つ一つの素材を楽しみ、お酒もしみじみ味わって、もう、今日は時計を止めた!という感じに頭を切り替えました。いつも、食べるのが早くて、もっと落ち着いて食べなさいよと注意されることもあるのですが、この日は、着物を汚さないようにというのもありましたが、ゆっくりゆっくり、一番最後くらいまでゆっくり食べていました。本当にからすみと数の子が美味しくて、日本酒とあうな~と心から堪能致しました。お椀もお赤飯も大変おいしゅうございました。

この日は風が強く、結構夜は冷え込みましたが、その後もさらに食事をして、ワインバーなどにも行って、余韻を楽しみました。ゆりかもめも最終が12:30とチェックしていたので、もう、今日は休み!ゆっくりしようってなもので、遅くまで、遊びました。本当に久々の夜遊びでした。そうです。このところ、ずっとまじめでしたからね。

| | コメント (0)

2008年1月 7日 (月)

今年も宜しくお願い致します

皆様、お正月はどのようにお過ごしでしたでしょうか。わたしは、1日の夜、群馬の実家に帰りましたが、1泊だけして、2日の夜には、東京に戻りました。まだまだ移転後の片付けがはかどっていないことや移転の通知や名刺の作成、そして、8日のイラン大使館でのパーティーの準備などやるべきことが山積みだったからです。近くの大江戸温泉にでも行きたいと思いながらも、まだ、その機会にも恵まれていません。

先日は、有明にスーパーがあるというので行って来ました。お弁当やパンを買いましたが、まずは下見と言う感じでしたね。イオンの近くから都バスで帰ってこれることも初めて知りました。

徐々に周辺情報もわかって、慣れてくればと、もっと生活しやすくなるものと期待しましょう。

まず、ここの良いところは、なんと行っても日当たりの良さです。私の部屋と太陽を遮るものが何もないので、お天気の良い日は、全く暖房が要らないほどです。これまでは、極度の冷え性で、冬は、温泉でもないのに1日に3度お風呂に入っていたほどでした。朝と夜と寝る直前。そして、暖房をつけた上で、いつも部屋の中でもたくさん着込んでいましたが、それでも手足が冷たくて、薄手の手袋をしてPCをたたいていたのでした。

ところが、冷え性解消です。単に部屋の日当たりの問題だったのでしょうか。それとも、ここは、駅からちょっと歩くので、身体が活性化されているのでしょうか。とにかく、太陽の偉大さを実感しています。お天気の良い日に窓から外を見ると、あまりの直射日光にサングラスをしないと何も見えません。忘れて、そのままサングラスを1日部屋でかけていることもあります。

不便なところは、なんと言っても、駅から遠いこと、駅自体も新交通で交通費は高いし、どこに出るにも結構時間がかかります。

それと、観光客用のお店はあるのですが、生活者用のお店が少ないのです。先日もわざわざ、恵比寿のマツザカヤスーパーと成城石井に行ってしまいました。パン屋もありません。銀行もありません。郵便局も5:00で終わりです。夜中の郵便局にもここでは行けそうにありません。病院もなさそうです。マッサージも鍼もありません。また、夜のネオンもないので、寂しい限りです。本当に恵比寿の賑わいと便利さとは雲泥の差です。

ということで、プラスとマイナスがありますが、住めば都、そのうちにいいところがどんどん見えてくることでしょう。

とにかく、太陽の有難さが身に沁みています。古代エジプトで太陽神が崇拝されていたことが妙に納得できる今日この頃です。 

| | コメント (2)

2007年12月30日 (日)

今年の対外的仕事納めー神奈川県民ホールでのガラ・コンサートー

今年の対外的な仕事納めは、29日の神奈川県民ホールでの「ファンタスティック・ガラコンサート2007」でした。思えば、今年の仕事初めは、名古屋NHKのニューイヤーコンサートで、ともにピアニスト斎藤雅広さんの仕事でした。両方とも演奏と司会で斎藤さんは大忙しでしたが、今回は私も客席で聴かせて頂きました。神奈川のガラでは、松尾葉子さんの指揮、神奈川フィルに、ソプラノ:佐々木典子さん、臼木あいさん、テノール:樋口達哉さん、バリトンの宮本益光さん、そして、神奈川県芸術舞踊協会のモダンバレエが加わり、多彩なプログラムとなりました。この手のガラ・コンサートではお決まりになりつつある、「トリッチ・トラッチ」ポルカで始まり、アンコールは、ラデツキー行進曲。これは、ある意味参加型の演目ですね。たまに、プライベートでもこうしてコンサートやバレエを見に行く時間があるととてもリフレッシュされます。仕事がらみだと、残念ながら、あまり、息抜きはできませんが。この日も大変の盛り上がりで、1曲1曲に「ブラボー!」という声がかかりました。この事業は、昨年からはじまって、2度目のようですが、人気があるようです。お帰りには、早速来年の切符を買いたいとおっしゃっていたお客様もいらっしゃいました。たぶん、まだ、発売されていないと思いますが。お客層は、もちろん親子づれもいましたが、ほとんどが50代、60台、70代って感じでした。若い人は、年末最後の土曜日は、きっと台場あたりに出没しているのかもしれませんね。この日も花火があったはずですから。

私は、神奈川県民ホールの行き帰りだけで、結構疲れてしまいました。ここ数日、疲れが抜けず、ズーと脳の奥のほうが寝ているような感じで、イマイチ冴えません。今日も片付けの続きをやるつもりでしたが、残務処理や年内にやならければならないことがまだ終わらず、また、夜になってしまいました。自分の中では年末という気が全くしないのですが、いろいろとお店に問い合わせや交通の切符の確認をしようと思っても、旅行代理店も皆休みで、結構驚きです。こういう時こそやってほしいと思うばかりです。家具も見に行く時間が無かったので通販で食器棚を注文したら、納期が1月末というので、今日あたりは大塚家具にでも行ってみようかと思いましたが、大塚家具も休みのようでした。

最初のうちは、新しい部屋にいろいろとあれこれ考えて、新しい物をしつらえたり、片付けていくのは、ちょっと楽しかったのですが、もういよいよ嫌になってしまいました。食器棚が届くのが1月末なら、それまで、このダンボール生活が続くことになります。

考えただけでも、憂鬱ですね。

年賀状の準備も新しい名刺もまだ作れていません。考えてみたら、分家の叔母が亡くなったので、直接ではないにしても喪中なので、寒中見舞いにさせて頂こうかと思います。それで、少しは時間の猶予をもらいましょう。

ああ、なんだか、今日はやる気がでませんね。まあ、そんな時があってもいいでしょう。ね。。。

| | コメント (0)

2007年12月24日 (月)

今日はプラネタリウムで癒されて

今度、千葉のプラネタリウムでコンサートをやることになり、その下見を兼ねて千葉市科学館のプラネタリウムに行きました。思ったよりもアクセスに時間がかかってしまい、約束の時間を少し過ぎてしまいましたが、とても感じのいい担当のスタッフの方が、出迎えてくれました。

ここ3連休は、クリスマス特集でアロマを炊いて、特別のプログラムを上映するとのことで、ご招待いただきました。ここは、千葉市の教育委員会の管轄の文化施設ですが、指定管理者制度で民間が運営しているのだそうです。そのためか、随所に運営のおおらかさを感じました。

プログラムが始まる前から、ユーカリとシダーとパインをあわせた「エアウエイ」という香りが観客をもてなし、ゆったりした大きめの椅子をリクライニングさせると、もうまどろみの中に落ちていきそうでした。ここのプラネタリウムは、世界一多くの星を出すことができるということを別のプラネタリウムの担当者から伺い、大変楽しみにしていました。

天空の星だけでなく、宇宙の広さを実感できるように星から惑星の彼方へとフーとワープするような映像のところでは、なんだか魂が鷲づかみされるような感じで胸が熱くなってしまいました。スピリチャルとか霊的なものは、もともと苦手なのですが、その時には、なんだかわかりませんが、自分の魂が生まれたところは“あそこだ”というような不思議な感覚が強く呼び起こされたようでした。なんだかとても懐かしく、戻りたいと思うようなおかしな感情が一瞬よぎりました。

その後はオーロラが降りてきたり、最後には雪も降ってきました。もちろん映像の中でですが。終わってからも余韻を楽しんで、しばらくは、ジッとしていましたが、ほとんどの方は、終わるか終わらないかのうちにサッと立ち上がっていました。私の隣のおっさんは、プログラムの最中にも声を上げてあくびをしたり、伸びをしたりして興ざめでした。もう少し、マナーに気をつけて欲しいですね。

24日もやっていますので、興味のある方は是非どうぞ。 19:00開演です。

池袋のサンシャインのプラネタリウムの招待券も頂いていたのですが、今月、行けるでしょうかね。

こどものものと思っておりましたが、結構大人のお客さんが多いんですよね。宇宙のロマンに思いを馳せると、大変癒されます。日々の悩みや苦労も小さいなものだと思えます。今日もいい日をありがとうございました!

| | コメント (0)

2007年12月23日 (日)

疲れてる時に限って、、、

ここ数日は、引越しの片付けと年内に片付けなければならない仕事の忙しさで、うなされて眠れぬほど、神経も磨り減っておりましたが、そういう時に限って予期せぬ嫌なことが起こります。あまりに疲れて、ソファーでちょっとウトウトしかけた時に携帯に電話がありました。

出てみると、いきなり、怒り出している女性の声です。何をどう怒っているのか、とっさにはわかりませんでしたが、一方的に言うだけ言って切ってしまいました。同窓会の関係の方で、役員になって欲しいとお願いしたのですが、お断りされたので、そのまま、役員にはならなかった人です。ずっと前から発起人としてお骨折り頂いた方々に同窓会誌に寄稿していただいたその会報を見て、そこに自分が入っていないというので、失礼だと怒っていたようでした。

その会報がでたのは今年の春のことで、役員をお願いしようと思ったのは、夏のことですから、その会報に出ていないのは当たり前ですし、一旦お願いしようと思いましたが、お断りされたし、総会にもいらっしゃらなかったので、別の方が役員になった訳ですが。。。役員になりたかったのでしょうかね。よくわかりません。

でも、あんな風に脅しとも捨て台詞とも言うようなことを感情的に一方的に言える人って、ある意味羨ましい気がします。きっとストレス無いのではないでしょうか。

言われたほうは、妙に落ち込んでしまって、泣きたくなりました。しかも、仕事でも何でもないボランティアで、こんな思いをするなんて。。。とふさぎこんでいたら、

Pict2119 「ドーン」と大きな音。そうです。花火です。12月から1月の間は、毎週土曜日に花火があがります。窓から真正面に見えます。こんな感じ。

Pict2131 結構、凝った、形がとどまっている花火に、少し気分が晴れました。窓からの眺めは最高です。ちょっと遠いけど。

めげずに頑張ろうっと。

| | コメント (3)

2007年12月22日 (土)

引越しーその2-

実は、いらないものは、そのまま部屋に置いて行っていいと言われていたので、TVや古い食器棚や本棚、ビデオデッキ、古いPC、その他靴や書類なども置いてきてしまいました。

運び込んだ荷物は3トントラック3台だったようですが、それでも、積み残しがあり、翌日も椅子やオーディオラックなどを運んでもらうために、また、引越し屋にお願いしました。

ここの引越し屋さんは、お願いした時間よりいつも早くきて、「早く早く」と焦らせるので、後で考えると、また、アレも持ってくれば良かったというものに気がついてしまいます。

特に書類が入ったカートンは、何の書類かもよく見ないでおいてきてしまったので、なんだか心配です。夢にまで、見てしまいました。大事な思い出の写真や何かを残してきて、とても後悔している、そんな夢でした。

もう、不動産屋さんに鍵を返してしまった後でしたが、お願いして、もう一度だけ、部屋の点検に入らせてもらいました。

そんなこんなで、精神的にも肉体的に疲れてしまいました。

今日は、よりによって、一張羅のベルサーチのピンクというかマジェンダのシルクのパーティー用の靴をゴミと間違って捨ててしまいました。ここは、ゴミをポストみたいのに入れると自動的に処理プラントに掃除機のように送り込まれるというシステムです。小さな袋に引越しででた食器紙という紙を小分けして捨てに行ったはずだったのに、先日、パーティーで履着替えて、袋に入れておいた靴を間違って一緒に捨ててしまいました。本当は靴専用のいい袋があるのですが、引越しでどこにしまってしまったかわからずに、汚れないようにこの食器紙に包んで袋に入れてもっていったので、見た目、ゴミと間違えてしまったようです。帰ってきてすぐに靴箱に戻しておけば良かったと反省しても、もう後の祭り。

ポストに入れてふたを閉めた瞬間にコンという音がしたので、アレっもしやと思って部屋に帰って探したのですが、やはり、ありません。アー、ショックですよ。よりによって。一番のお気に入りの靴です。

所詮。ものはもの!と潔く諦めましょう。とは、言うものの。。。

アー疲れてますね。

| | コメント (0)

2007年12月21日 (金)

バタバタの引越し

引越し期限が迫る中、14日、あわただしく引っ越しました。どれほど、慌しかったかというと、13日もNPOの事業で、板橋区の小学校でのワークショップに立ち会って帰ってきたら、既に引越し屋が来て待っていたという具合です。

「うそでしょう」来る前に電話するはずだったのでは。

「荷物が多いので、今日、全部梱包すると聞いている。」引越し屋さんは、部屋の中の荷物の多さに、唖然として、焦っている感じ。

「いえ、今日はできるところまでで、全部はできません。明日がメインです。まだ、準備はできていません。」そうです。持って行くもの。いらないもの。捨てるもの。何の選別もしていないどころか、今朝使った食器も、帰って来てから洗おうと、ステンレスの洗いオケに浸したまんま。

それなのに、「始めます。」とカートンにつめはじめました。

思わぬところに思わぬものが落ちていたり、私自身唖然としてしまいましたが、もう恥ずかしさから開き直りに。。。

ということで、夕方5:00から夜の9:00まで、詰め込めるだけ、積んで引越しやさんは帰りました。帰り際に引越し屋さんのベテランっぽいおじさんは、「これは、大変なことになりますよ。本当に」と目が深刻、そのもの。つまり、新しいところに、この荷物は入りきらないのではというのです。でも新しいところは、今までよりも広くなるので、大丈夫だと私は言ったのですが。まれに見る荷物の多い引越し案件のようでした。

引越し屋が帰った後も、私はまだまだやることがあります。もちろん、急ぎの大事な仕事も抱えているので、メールチェックや返事を書いたり書類を作ったり。

ここ数日、半徹が続いていたので、寝ないわけにもいかず、かといって、なるべく整理をしておきたいので、サッと3時間ほど寝て、早朝から、片付け作業に。自分なりの優先順位をつけて、やってもなかなか思うところまでいかないうちに、また、8:00、引越し屋さんが来ました。それから、梱包作業が昼まで。その後、移動です。

平日だったので、その間も仕事のややこしい電話が入ったり。

そんなこんなで、新しいところへの搬入は夕方7:00までかかりました。「何とか、いけそうですね」と私が言うと、「では、確認していただいて、我々は帰ります。」え~。開梱もお願いしたつもりだったのですが、見積もりに入っていなかったとか。そんなそんな~。

皆が帰った後も、カートンを開けての作業ですが、どこに何があるかもよくわからず、探し物をしながら、右往左往。

まだまだ、しばらくかかりそうです。

| | コメント (0)

2007年12月 6日 (木)

いよいよ差し迫って参りましたー引越しー

かねてより、地上げられておりましたが、いよいよ、今月15日までに引っ越すことになってしまいました。ですが、あまりの忙しさに、全く準備ができません。

引越しで一番大変なのは、冷蔵庫を空にすることです。なのに、日々、食料を買い足してしまって、減るどころか、増えてしまっていました。

Pict2041 ということで、夜中の料理は、シチューです。冷蔵庫のもの、冷蔵庫の外のもの、入れられるものは、全部入れてしまいましょう。といっても流石に豆腐は合わないでしょうね。

豆腐は、田舎うどんか、マーボー茄子豆腐か、味噌汁にする予定です。

具:タマネギ、にんにく、ベーコン、鶏胸肉、じゃがいも、にんじん、セロリ、ピーマン、大豆、レッドキドニー、白菜、ホワイトアスパラ、(なんか、いつも材料同じかも)

Pict2037 ここで、中身を二つに分けて、トマトを入れたトマト味とコーンクリームいれたクリームシチューの2種類を作ります。

Pict2036 まだまだ続くアップルパイ、マイブーム。

| | コメント (1)

2007年12月 4日 (火)

大学院ミニ同窓会

Kpict2047 毎年、この時期、私が修了した大学院の専攻科では、来春の受験広報の為に講演会やシンポジウムなどをやっています。

今年も郵便でなにやらご案内を頂いたのですが、いつもの案内かと思って、実は、あまりよく見ておりませんでした。すると、同期の友達から「同窓会出席しますか」のメールがあり、「アレ、同窓会の案内だったの?」ということで、迷いましたが、何とか時間をやりくりして参加することに致しました。4:30から院生の発表があり、6:00からは、京都大学霊長類研究科所長、松沢哲郎先生の特別講演「チンパンジーの知性と文化」、その後、懇親会になるということで、私は、6:30頃キャンパスに到着いたしました。

Kpict2046 毎年、この時期の風物詩になっている大きなツリーは、ものすごくうれしくなるほど温かく、ダメ人間をも許してくれる大学という懐の深いスピリッツのようなものを感じさせます。バックには、チャペルから聖歌隊の練習している歌声が聞こえてきます。

Kpict2048 帰りには、絶対に電気が消えていると思ったので、先に写真を撮っておきます。キャンパス内は、多くのドラマにも登場するレンガの文化財の建造物もあれば、いつの間にできたのかガラス張りの近代的なビルもあり、うまく調和しています。私は、ここのレトロな図書館が大好きです。

さて、遅れて入った会場では、松沢先生の講演が始まっていました。松沢先生は、例のチンパンジー アイ、アユム親子の研究で、NHKのTV番組にも何度も登場している世界的な研究者です。

先生の講演は、映像をふんだんに使って、チンパンジーの生態、文化、知性、学びについて説明してくれます。大変興味深い研究手法、アプローチ、成果に、会場のあちらこちらから、「ふーん」「すごい」「ほー」といった声があがります。先生の研究は、ラボや研究所のなかだけではなく、アフリカのあちこちの地区のチンパンジーの食、生態、文化の調査もしており、年々減り続けているチンパンジーの生育環境を守るために、アフリカに学校を作り、そこで、こどもたちに環境教育をしたり、チンパンジーのフンからでてくる種子をまいて、実のなる木を育てたりもしています。その幅広い活動に驚きました。単に人間の進化の過程やそういう意味づけ、分析の時代から、研究者の仕事も大変変わってきているようです。本当に大変な仕事ですね。今日は、久々に感動いたしました。明日の新聞やTVにも先生の新しい論文のことが掲載されるようですので、楽しみにしていましょう。

さて、懇親同窓会では、最初、知っている人がいないかと思ったのですが、そのうち、いろんな方が現れて、久々に楽しい時間でした。先生方もお変わりなく、ただ、知らせてくれた友達いわく「いろいろ事情があって、顔が出せない人が多いようで、参加者は少ないらしい。。。」折りしも、1期生の友達は1冊の新書を取り出し、「ここでは、出しにくいけど、こんなの見つけちゃった。」「うーんなるほど」そのタイトルは、『高学歴のワーキングプワー』

私の周りにも博士号を持っていても、仕事に恵まれない人が結構いるし、私にしても、もっと、研究活動をしていきたいと思っても、それでは、生活はしていけません。同じ企画でも大衆迎合のものをやれば、お金になりますが、私のような者は、TVのドラマも見ないし、「千の風に。。。」も興味ないし、大衆好みのものよりも別のところに興味や意義を感じてしまうので、働いている割には、本当にワーキングプワーです。

きっと、そこに集まっていたほとんどの人は、大なり小なり、そういう環境にいるように思いました。博士課程も文系はなかなか難しく、5,6年やっている人はざらで、8年くらいやってる人もいるようですし、そうやって、教育にお金かけても、社会人になって、回収できないのだから、育英会に奨学金を返済できない人が多いのも、借り手の問題だけではないと思います。私の同期の人で、博士課程まで進んだ人は、当時、専任教授に奨学金の返済計画まで相談していました。今日も、後輩の男の子が私のところにきて、「僕も本当は研究者として生きていきたいんですけれども。。」 

「今どうしてるの」

「今は、作業員をしています。」

「作業員?」「えー」と思いましたが、多くは聞けなくなってしまいました。

いつから、こんな風になってしまったのでしょうか。若い人が夢を描けず、希望も持ちにくい状況になっているように思います。

| | コメント (0)

2007年11月 8日 (木)

頑張って更新します!

いろいろとありまして、結果として、1ヶ月以上もブログを更新をすることができませんでした。それなのに、それなのに、毎日、多くの方々にアクセス頂きまして、ありがとうございます。また、申し訳ありませんでした。

気を取り直して、また、少しづつ更新するつもりです。

宜しくお願いいたします。

| | コメント (1)

2007年8月24日 (金)

大ピンチ!大事な時に夏風邪~相変わらず大忙しのドタバタ

迎え盆に実家に帰りましが、高校の東京同窓会設立に関する書類やご案内状を15日くらいまでに作ると明言してしまったので、早々に東京に戻ることにしました。友達からは、「あんたも変なところまじめだからね。」と言われてしましたが、そう、「変なところ、、、、」は、言い得ていますね。

ということで、ちょっと忙しかったせいか、猛暑でエアコンにあたりすぎたせいか、久々にとてつもない夏風邪をひいてしまいました。夕方、友人と食事に行って、2軒目にディケンズに行ったのですが、この頃から、手が冷え冷えに冷たくなってしまい、寒くて寒くてたまらなくなってしまいました。そして、体中のあちこちが痛み出して。。。一緒にいた友人にお願いして冷房ギンギンのディケンズを出てHUBに行き、温かい紅茶を飲みましたが、暑いのに寒くて寒くて耐えられません。ので、早々と失礼させて頂くことにしました。

翌日、病院へ行きましたが、体温計で熱を測ったら38度ありました。私は平熱が低く、冬、結構辛い風邪でも36度くらいなので、へーと思ってしまいました。恵比寿クリニックは、結構顧客サービスがよく、「こんなに熱があると辛いでしょう。こちらで横になっててください」と通常の待合室ではなく、カーテンで仕切ったリクライニングの椅子にひざ掛けを用意してくれます。

皆が暑い暑いと言っている中、長袖タートルネックの綿セーター、その上にジャケットを着ても寒くて寒くて震えていました。家に帰ってからは、薬を飲んでもう寝るしかありません。タートルネックを着たまま、ほとんど5日間寝て、汗をかいてはお風呂に入り、また、別のタートルネックに着替えて寝るという生活を続けましたが、なかなか熱が引きませんでした。その間も同窓会関連の会則づくり、皆様へのご連絡、ご案内など「やらなければ」ということをこなしました。そう、「変なとこ、まじめだから」。

また、翌週から海外に出るので、途中の仕事の段取りやいない間の準備などやらなければならないことがてんこ盛り。気持ちは焦るし、早く治さないと行けなくなっちゃうし。。。

一応、万が一の場合に備えて、言い残しておきたいことや、やっておくべきことをリスト化し、1日1日出発までのスケジュールをこなしました。簡単な遺書も用意しました。

何とか体はもどったものの、準備が間に合わず、行く当日にマニュアルを書いて荷物のパッキングをしている始末。その間も同窓会の案内を送って欲しいという電話が入ったり、一応、校長先生や国会議員さんにも招待状を出さなければならないとかで、もう直前までバタバタ。こういう時に限って、よりによってということが重なるものです。最終のメールチェックをして、夢中で返事を書いていたら、もう、乗るべきリムジンバスが出発する時間まで30分になっていました。

ひぇ~~~~。と焦りまくっていると母から電話。携帯をあわててとって、落っことしてしまいましたが、「今、遅れそうで焦っているから。後でね~」とまくしたてると「気をつけてね」と言う感じで、最後の荷物を確認し、あわててパッキングし、玄関まで、運んでいたら、あら、スーツケースの取っ手の金具が外れてしまいました。「うっそ~」「どうしよう」ったって、もう行くしかないので、何とか1階までスーツケースを下ろし、時間との闘いで、タクシーを止めて、壊れた取っ手のスーツケースを何とかトランクに入れてもらって、ウエスティンホテルに向かいます。「2:30丁度にバスは出発しますから。」と言われていたので、間に合うか、ドキドキ。やっと、タクシーに乗って、「何とか間に合いそうだな!」と胸をなでおろすと、「あれ、あれ、アレ、どうしよう。。。」首にかけていたはずのヒスイのネックレスが「ない!ない!ない!。。。。」きっと、スーツケースの上げ下ろしの時に落としたに違いありません。確かにちょっと金具が甘くなっていたのですが。。。急いでいたので、とりあえずその日の服装には合わなかったのですが、持って行くものとして、とっさに首にかけたのでした。あー、バックに入れれば良かった!アッどうしよう~。なんだか不吉な予感もしちゃいます~。ドキドキ、モヤモヤ。。。ウエスティンに着いてからも、ぐじゃぐじゃ頭の中でいろいろと考えてしまいましたが、とにかく急いで、リムジンバスのチケットを購入し、スーツケースを預けます。ホテルの方が紐を持ってきてくれて、何とか、取っ手の応急処置をしてくれました。空港についてから時間があれば、かばん屋見て買うかハワイに行ってから買えば良いやと思いながらも、あのヒスイはどこへ落としたんだろう。なんか、この旅、大丈夫かな~とか思っていると、アレ?もう2:40分だけど、バス着てないじゃない?あんなに焦りまくって、かば