二本松、岳温泉へ
3月14、15日、ジャーナリスト下村満子さんからのお誘いで下村さんが館長を勤める福島県男女共生センター男と女の未来館の視察に行きました。ちょうど、15日に「世界の大使が語る、日本の今」という国際シンポジウムがあるので、この機会に是非とのお誘いでした。私の方は、ピッコロ・バイオリンのセドフさんの来日中でしたので、お誘いをお受けしようかどうか躊躇しておりましたら、下村さんからは、「それだったら、迷惑でなければ、セドフさんも一緒に来てもらって、岳温泉にでも泊まったら。家の実家に泊まってもいいわよ。」と言っていただきました。ちょうど、王子ホールのコンサートの翌日で、オフ日に設定しておりましたので、本人に確認しましたところ、「WHY NOT」というので、ちょっとしたエクスカーションとなりました。
流石に、下村さんのご実家に泊めてもらうのもナンなので、共生センターの宿泊施設に泊まろうかとも思いましたが、下村さんが、「せっかくだから、岳温泉にしましょう。」と、下村さんも一緒に岳温泉の旅館に泊まってくださることになりました。ということで、急に決まったのですが、トントンと下村さんが女将さんに電話をいれて予約もしてくださいました。
まずは、男女共生センターの視察です。ここは、宿泊施設、各種研修室、ホール、レストランを備え、介護の最新の設備、用具などの展示紹介、使い方の講習、各種啓蒙事業の開催、助成事業などもやっています。また、下村さんが館長として、地元から国際的なものを発信しようと、各種セミナーやシンポジウムなども定期的に主催しており、地域の人々の交流の場としても広く活用されています。翌日のシンポジウムの準備でお忙しい中、後藤副館長さん他、スタッフの皆様が送迎からご案内まで、大変ご親切に歓待して下さいました。
二本松城跡の石垣の外には、下村さんが幼少時代を過ごしたご実家があり、石垣の中には、下村様の曽祖
父、山田修さんの銅像があります。下村さんのご先祖は、代々ここの家老をしていたようですが、明治になって、民を食べさせるために一早く会社を設立し、海外から機織り機を導入し、絹製品を輸出して財を成したようです。地域の人々に貢献したということで、ここに銅像がたてられたようです。 その後、激動の時代の中で、事業もうまくいかなくなってしまった時もあったようです。満州
からご両親とともに引き上げてこられた下村さんは、ご両親が東京での生活の基盤を作る間、ここで、おばあさまに育てられたそうです。色々な話が盛り上がって、久々に無防備な大笑いをしてしまいました。
共生センターの職員の方に送っていただき、夕食の時間に間にあうよう、 岳温泉の旅館に移動致しました。ここでは、典型的な温泉旅館のお料理とお湯を楽しみまし
た。セドフさんと下村さんは、貸切風呂を予約しましたが、私は大きなお風呂に行って来ました。山の夜は、流石に静かでした。しとしと降る雨の音だけでした。
翌日は、共生センターでのシンポジウムの聴講をしました。アイスランド、ウルグアイ、シンガポール、マリの大使が参加され、特にアイスランドがエコで経済的にも素晴らしい成果を上げていることを初めて知りました。
セブン・イレブンの取締役執行役員の山口さんもわざわざ東京から、この日、視察を兼ねて、シンポジウムの聴講にいらっしゃいました。私の右隣にお座りになっておりました。
夕方のレセプションでは、下村さんが私とセドフさんをご紹介くださり、お礼にセドフさんは、チャイコフスキーの白鳥の湖から「ロシアの踊り」とビゼーのカルメンから「ホセのアリア」を演奏致しました。長井鞠子さんが通訳をしてくださいましたが、長井さんもビオラをやっていらっしゃるそうで、大変興味深くピッコロ・バイオリンについて、質問をしていました。県知事も是非、今度は福島でも演奏会をと言ってくださいました。(しっかりとらまえなければ!)福島民
友新聞と福島民報の支局長が取材をしてくださって、両紙に掲載していただきました。民報には、下村さんが「私の友人の」と私をご紹介くださったのをそのまま活字にしていただいて、ちょっと、気恥ずかしいというか、おこがましい感じです。
翌日は、午前中からリハーサルがあるので、レセプション終了後に、帰京致しました。
福島は、叔母が郡山におりますが、なかなか皆さん人情があって、いいところですね。セドフさんのレコーデンングも郡山でしたし、ご縁があるかもしれませんね。
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