小栗上野介の縁?マンドリンの縁?群馬の縁?
先日、高校時代の恩師のマンドリン楽団の演奏を聴きに行った。私は、高校時代にマンドリンギタークラブで指揮者をしていた。あまりにマンドリンが下手だったのだ。
この演奏会は、明治大学博物館で開催された「小栗上野介企画展」の記念演奏会で日大カザルスホールで開催された。小栗の功績の朗読と演奏。そして、小栗の人生をテーマに作曲、作詞されたオリジナル曲が披露された。中には、懐かしく、高校当時のレパートリー曲も演奏され、自然と手が指揮をしてしまう。
さて、このイベントは、小栗の功績を正しく顕彰しようという小栗上野介顕彰会及び千代田区神田駿河台西町会の主催で、小栗が生まれた駿河台と小栗のお墓のある高崎市(旧権田村)東善寺を中心とした顕彰会との共同企画主催事業だ。これを群馬県人会が応援することになった。その記念演奏会が恩師のマンドリンであり、実は、私が高校1年の時のマンドリンクラブの夏合宿先がこの東善寺だったようだ。その当時は、お寺の名前もよくわからなかったし、小栗上野介が隠遁生活をその寺で過ごし、学問塾をやっていたことも、そこにお墓があることも全く知らなかった。
東善寺の住職は、昔、私が通っていた高校で国語の先生をしていたことがあったらしく、この先生がマンドリンの両角先生を我々の学校に紹介したようだ。
懇親会の席上では、一言何かを誰かに言うと、「それじゃ、何年卒でしょう。」とかいう具合に、自分もよく知らない関係性が徐々に明らかにされて、何だかとても不思議な感じがした。
この演奏会で独奏した桝川さんは、高校のクラブのずっと後輩であって、これまで面識もなかったし、マンドリンの独奏コンクールで全国優勝をした実績があるということも最近聞いた。
それで、更に驚いたことには、なんと、その時のピアノ伴奏者が、偶然にも、日本サロンオーケストラのピアニストで、昨年から、ピッコロ・バイオリン奏者グレゴリー・セドフさんの伴奏を何度かお願いしていた朝原望さんだったことが、インターネット情報で発覚したのでした。京都生まれの朝原さんと桝川さんがどこでどうご縁があったのかは知らない。
母に、この話しをしたら、桝川さんは、弟のお嫁さんと同級生で結構親しいらしい。
早速、桝川さんにも東京同窓会に入ってもらおうっと。
ちなみに、明大博物館の担当の法学の伊能秀明先生も群馬県のご出身だったことで、色々なことがスムーズに進んだようでした。
| 固定リンク
コメント