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2008年5月12日 (月)

瀬崎明日香ヴァイオリン リサイタル

Askvina0265 4月28日、瀬崎明日香さんのバイオリンのコンサートに行って来ました。京急上大岡の港南区民文化センター「ひまわりの郷」ホールでのサン=サーンスプロブラムです。

上大岡には行ったことがなかったので、直前に乗り換え案内で確認したら、結構台場からは面倒くさい感じで思ったよりも時間がかかるようなので、あわてて出ました。この分では、大分遅れてしまうかも、と思いながら東京テレポートの駅に行くと~、よくわかりませんが、京急バスというのがありました。もしや。。。と思ってみてみると青物横丁へいくのがあるので、ここで、京急線に乗り換えれば、わざわざ、品川に出るよりは早いかもしれないと思い、ここは、″賭け″でしたが、バスを使ってみることにしました。

大正解!乗り換え案内の情報では、絶対に開演に間に合わない時間でしたが、このバスを使ったおかげで間に合いました。ホールは、駅から直結していて、なかなか便利。

伴奏のピアニスト、エマニュエル・シュトロッセさんとの相性もよく、余裕のある演奏を楽しみました。ここで、後ほど録音も予定されているようです。

ロビーには、作曲家の村井邦彦さんもいらっしゃっており、瀬崎さんのCD製作もプロデュースされた橘さんよりご紹介いただきました。

エマニュエルさんは、「熱狂の日」にも出演されたようです。

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二本松、岳温泉へ

Miraikansymposiuma0262 3月14、15日、ジャーナリスト下村満子さんからのお誘いで下村さんが館長を勤める福島県男女共生センター男と女の未来館の視察に行きました。ちょうど、15日に「世界の大使が語る、日本の今」という国際シンポジウムがあるので、この機会に是非とのお誘いでした。私の方は、ピッコロ・バイオリンのセドフさんの来日中でしたので、お誘いをお受けしようかどうか躊躇しておりましたら、下村さんからは、「それだったら、迷惑でなければ、セドフさんも一緒に来てもらって、岳温泉にでも泊まったら。家の実家に泊まってもいいわよ。」と言っていただきました。ちょうど、王子ホールのコンサートの翌日で、オフ日に設定しておりましたので、本人に確認しましたところ、「WHY NOT」というので、ちょっとしたエクスカーションとなりました。

流石に、下村さんのご実家に泊めてもらうのもナンなので、共生センターの宿泊施設に泊まろうかとも思いましたが、下村さんが、「せっかくだから、岳温泉にしましょう。」と、下村さんも一緒に岳温泉の旅館に泊まってくださることになりました。ということで、急に決まったのですが、トントンと下村さんが女将さんに電話をいれて予約もしてくださいました。

Kpict2454 Kpict2450 まずは、男女共生センターの視察です。ここは、宿泊施設、各種研修室、ホール、レストランを備え、介護の最新の設備、用具などの展示紹介、使い方の講習、各種啓蒙事業の開催、助成事業などもやっています。また、下村さんが館長として、地元から国際的なものを発信しようと、各種セミナーやシンポジウムなども定期的に主催しており、地域の人々の交流の場としても広く活用されています。翌日のシンポジウムの準備でお忙しい中、後藤副館長さん他、スタッフの皆様が送迎からご案内まで、大変ご親切に歓待して下さいました。

Kpict0242 二本松城跡の石垣の外には、下村さんが幼少時代を過ごしたご実家があり、石垣の中には、下村様の曽祖Kpict0287_3 父、山田修さんの銅像があります。下村さんのご先祖は、代々ここの家老をしていたようですが、明治になって、民を食べさせるために一早く会社を設立し、海外から機織り機を導入し、絹製品を輸出して財を成したようです。地域の人々に貢献したということで、ここに銅像がたてられたようです。 その後、激動の時代の中で、事業もうまくいかなくなってしまった時もあったようです。満州Kpict0261 からご両親とともに引き上げてこられた下村さんは、ご両親が東京での生活の基盤を作る間、ここで、おばあさまに育てられたそうです。色々な話が盛り上がって、久々に無防備な大笑いをしてしまいました。

Kpict0277_2 共生センターの職員の方に送っていただき、夕食の時間に間にあうよう、 岳温泉の旅館に移動致しました。ここでは、典型的な温泉旅館のお料理とお湯を楽しみましKpict0274 た。セドフさんと下村さんは、貸切風呂を予約しましたが、私は大きなお風呂に行って来ました。山の夜は、流石に静かでした。しとしと降る雨の音だけでした。

Kpict0286 翌日は、共生センターでのシンポジウムの聴講をしました。アイスランド、ウルグアイ、シンガポール、マリの大使が参加され、特にアイスランドがエコで経済的にも素晴らしい成果を上げていることを初めて知りました。

セブン・イレブンの取締役執行役員の山口さんもわざわざ東京から、この日、視察を兼ねて、シンポジウムの聴講にいらっしゃいました。私の右隣にお座りになっておりました。

Kpict2463 夕方のレセプションでは、下村さんが私とセドフさんをご紹介くださり、お礼にセドフさんは、チャイコフスキーの白鳥の湖から「ロシアの踊り」とビゼーのカルメンから「ホセのアリア」を演奏致しました。長井鞠子さんが通訳をしてくださいましたが、長井さんもビオラをやっていらっしゃるそうで、大変興味深くピッコロ・バイオリンについて、質問をしていました。県知事も是非、今度は福島でも演奏会をと言ってくださいました。(しっかりとらまえなければ!)福島民Fukushimaminnoua0263_2 友新聞と福島民報の支局長が取材をしてくださって、両紙に掲載していただきました。民報には、下村さんが「私の友人の」と私をご紹介くださったのをそのまま活字にしていただいて、ちょっと、気恥ずかしいというか、おこがましい感じです。

翌日は、午前中からリハーサルがあるので、レセプション終了後に、帰京致しました。

福島は、叔母が郡山におりますが、なかなか皆さん人情があって、いいところですね。セドフさんのレコーデンングも郡山でしたし、ご縁があるかもしれませんね。

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2008年5月 8日 (木)

確かに"皿回しのよう″でした!

昨晩というか、今朝の未明と言いますか、ここへ移転してから、初めての地震がありました。まだ、PCに向っておりましたので、「来たぞ、あれ~。大丈夫か~」と一瞬固まりました。

おそらく震度3くらいだったのかと思いますが、ゆっくりと大きく揺れました。前に30階に住んでいる男の子が「恐いよ~皿回しの皿みたいになっちゃうんだよ。」と言っていましたが、確かにそれを実感致しました。全くうまく表現したものです。本当にゆっくり回るように揺れていました。一瞬、震度6くらいかと思って、非難する準備をしたほうが良いのかと思ったりもしましたが、TVの地震速報では、関東では震度3の案内が出ていましたので、これは、大丈夫だろうとじっとしておりました。若木小学校で頂いた剣玉が本棚から落ちましたが、他は、大丈夫でした。でも、何か音がしてましたね。揺れている音。。。

12階でこれですから、30階はどんなに揺れていたのでしょうかね。

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2008年5月 7日 (水)

小栗上野介の縁?マンドリンの縁?群馬の縁?

Oguri_2 先日、高校時代の恩師のマンドリン楽団の演奏を聴きに行った。私は、高校時代にマンドリンギタークラブで指揮者をしていた。あまりにマンドリンが下手だったのだ。

この演奏会は、明治大学博物館で開催された「小栗上野介企画展」の記念演奏会で日大カザルスホールで開催された。小栗の功績の朗読と演奏。そして、小栗の人生をテーマに作曲、作詞されたオリジナル曲が披露された。中には、懐かしく、高校当時のレパートリー曲も演奏され、自然と手が指揮をしてしまう。

さて、このイベントは、小栗の功績を正しく顕彰しようという小栗上野介顕彰会及び千代田区神田駿河台西町会の主催で、小栗が生まれた駿河台と小栗のお墓のある高崎市(旧権田村)東善寺を中心とした顕彰会との共同企画主催事業だ。これを群馬県人会が応援することになった。その記念演奏会が恩師のマンドリンであり、実は、私が高校1年の時のマンドリンクラブの夏合宿先がこの東善寺だったようだ。その当時は、お寺の名前もよくわからなかったし、小栗上野介が隠遁生活をその寺で過ごし、学問塾をやっていたことも、そこにお墓があることも全く知らなかった。

Oguriura 東善寺の住職は、昔、私が通っていた高校で国語の先生をしていたことがあったらしく、この先生がマンドリンの両角先生を我々の学校に紹介したようだ。

懇親会の席上では、一言何かを誰かに言うと、「それじゃ、何年卒でしょう。」とかいう具合に、自分もよく知らない関係性が徐々に明らかにされて、何だかとても不思議な感じがした。

この演奏会で独奏した桝川さんは、高校のクラブのずっと後輩であって、これまで面識もなかったし、マンドリンの独奏コンクールで全国優勝をした実績があるということも最近聞いた。

それで、更に驚いたことには、なんと、その時のピアノ伴奏者が、偶然にも、日本サロンオーケストラのピアニストで、昨年から、ピッコロ・バイオリン奏者グレゴリー・セドフさんの伴奏を何度かお願いしていた朝原望さんだったことが、インターネット情報で発覚したのでした。京都生まれの朝原さんと桝川さんがどこでどうご縁があったのかは知らない。

母に、この話しをしたら、桝川さんは、弟のお嫁さんと同級生で結構親しいらしい。

早速、桝川さんにも東京同窓会に入ってもらおうっと。

ちなみに、明大博物館の担当の法学の伊能秀明先生も群馬県のご出身だったことで、色々なことがスムーズに進んだようでした。

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