目白バ・ロック音楽祭2008関連イベント第7回NEC アート・フォーラム「日本の音楽祭、大集合!」に参加して
目白バ・ロック音楽祭というのをこれまで知りませんでした。今回NECが提供するアート・フォーラム「日本の音楽祭、大集合」-その課題と可能性-のご案内を頂いたので、初めて目白バ・ロック音楽祭というのがあるのを知りました。
金曜の午前中からだったので、ほとんど、着いたときにはもう後半にさしかかっていました。この日のパネリストは、ラ・ジュルネ・オ・ジャポン(熱狂の日)エグゼクティブ・プロデューサー鈴木順子さん、仙台クラシックフェスティバル、プロデューサー平井洋さん、福岡18世紀音楽祭協会、事務局長前田明子さん、音楽ジャーナリストの吉村渓さん、コーディネーターに朝日新聞論説副主幹の大軒由敬さん、そして、目白バ・ロック音楽祭・音楽監督の武田浩之さんでした。
3箇所の音楽祭の成功例や成功までの道のりの過程での体験談などなかなか示唆深いものもありました。おそらく各地のまちの活性化を目的にこのような音楽祭や映画祭の事例は結構ありますが、継続するのがとても難しいと思います。会社と同じで作るのはそう難しいことではありませんが、いかに継続させるか、それが重要です。
このような音楽祭はお金がかかりますので、どこからどのように継続的に集金できるか、集客できるか、観客を飽きさせないしかけや試みなど、それは、とても大変なプロジェクトです。1つのコンサートでも企画運営実施するのがとても大変なのですから、「熱狂の日」など、あれほど大掛かりにするには、政治力も必要でしょう。今年が4回目ですが、昨年が100万人の来場者というからすごいものです。今年は少し減ったようですが、クラシック音楽ファンは、まだまだ掘り起こせるのだと思います。
今、いろいろなアーティストや作曲家の方々もそれぞれが、親しみやすい音楽会や学校でのコンサートなどを展開していますが、まだまだ地道な活動が継続されないと結果にはつながらない感じです。
美術館や博物館の無料の日と同じで、無料の日には来るけれど、1年に1度だけで、有料の日にまでは行きたくない。そういう人をもう1回くらい行ってみるかと思わせるには、もう少し時間をかけて、遺伝子の中に組み込まれるまでは3世代かかるのかと思います。
ただし、我々の時代は、批判はありますが、ふるさと創生で地方に文化会館ができ、70年代、盛んに地方でも連日、素晴らしい音楽会やバレエや演劇が上演されていました。私も中学・高校のころは、毎週のように文化会館におしゃれして母と出かけるのが大変楽しみでした。
バレエのトウシューズのカッカっという音やオーケストラの壮大な抒情詩に感動したり、劇団四季の「ジーザス・クライスト・スーパースター」を見た後で、教会の牧師さんのところに「なぜ、昨日までは、イエス様イエス様と崇拝していた同じ人間が、イエスがつかまった途端に石を投げるのか」と質問に行ってしまったり。いろんな問題意識も感動も頂きました。ピアノや洋舞の発表会やクラブの定期演奏会では同じステージにたちましたので、おそらく、今、こんな仕事をしているのも、あの頃もらった感動や楽しい体験も多少は影響あるかと思います。
そして、そこで、同じような趣味や興味のあう友達やいろんな人に会って、終わってから一緒に食事をして帰るというのが、まあ、地方でのミニ社交界のようで、今もいろんなパーティーなどで知らない人と知り合うのが楽しいのも、あの頃の体験に端を発しているかもしれません。ところが、その後10年くらい経つと、文化振興課の予算もグット減ってしまい、それほど、頻繁に良い催しもなくなり、それに呼応してか、10歳くらい若いちょうどうちのお嫁さんの世代は、そういうことに全く興味もないようですし、文化会館へ行くというのは、ほとんど日常の選択肢にないようなのです。
文化政策は、フランスのようにしっかり国がお金を掛けて、ポリシーをもってやるか、アメリカのように民間がお金をだしてやるか、とにかくお金を掛けないと駄目だし、掛ける意味があることを理解しない限り駄目だと思います。人間が生きていく上での人生の重要な必要経費であると認識させるような教育も日本では足りないと思います。
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