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2007年2月22日 (木)

登亭のうなぎ

Pict0880 汐留に打ち合わせに行った帰りに、登亭銀座8丁目店で遅いランチをとりました。

これは、2000円のうなぎ。うなぎの大きさは、松川の2600円のうなぎよりも大きいと思います。銀座店や上野広小路店に比べるとお店もきれいで多少広め(といっても大きなお店ではありませんが)なので、ここは、新橋近くに来たときにたまに寄ります。

「いらっしゃいませ。ささ。奥へどうぞ。」と言われたのですが、お店の奥にタバコを吸っている集団がいたので、入り口の近くのカウンターに座りました。私の周りでもタバコを吸う人はほとんどいないので飲食店でのタバコは、本当に耐え難いものがあります。場合によっては、一旦入ったお店でも出ることもあります。

私のところのマンションの1階にお寿司屋さんがありますが、いつもこのお店の人がマンションの入り口で休憩時間にタバコを吸っています。タバコを吸ってる人の握ったお寿司は食べたくないなーとつくづく思います。

エステでも、以前、手がタバコ臭い人がいて、横になって目をつむって待っていましたが、エステシャンの手が私の顔の近くに来ただけで、ものすごいタバコのにおいがしたので、気分が悪くなってしまいました。気弱な私は、その場では、何も言えずに我慢してしまいましたが、モニターアンケートを依頼された時には、このことを記しました。それ以来、そういうことはないので、多分、よく手を洗うように徹底させたのだと思います。タバコの匂いは、ちょっと手を洗っただけでは抜けません。必ず石鹸を使ってよく洗わないとダメですね。

だから、タバコを吸っているお寿司屋さんは、絶対に遠慮したいです。今度、タバコを吸わない寿司職人認定制度みたいなのを作って、「この店の寿司職人はタバコを吸いません」ステッカーなんかつけたら、差別化ができて流行るかも。

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2007年2月21日 (水)

Jumeirah カクテル・レセプションの模様が雑誌に掲載されました

Jumeirah_event 昨年の秋に参加しました7つ星ホテルJumeirahのカクテル・レセプションの様子が『SEVEN HILLS』12月号のEVNET & PARTYの欄に掲載されました。

さすがに食べ物もちゃんと写っております。

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2007年2月20日 (火)

パラリンピックの成田真由美さんと考えるバリアフリー

先日、書籍郵便が届きました。「自分の本が出た。」と言っていた友人からかと思って開けてみたら、『あした光のなかでー成田真由美という伝説』と、『幸せの種まき』という本が入っていました。後者の帯に成田さんの推薦文が寄せられていたので、成田真由美さんが送ってくださったのだとわかりました。中には、手紙が添えられていました。

成田さんと言えば、パラリンピックの水泳で数々の金メダルを取ったスイマーです。

成田さんには、何度か講演会などでお世話になり、一緒に地方へ行き、一緒に泊まったこともあります。一緒に旅をするといろいろなことが学べます。

例えば、地下鉄や電車に乗るときには、一番後ろに乗ります。後ろに乗ってる車掌さんに、降りる駅を告げておきます。すると車掌さんがその駅に連絡を入れて、ホームで駅員さんが待機して降りるのを手伝ってくれます。乗り換えの場合には、次の電車まで乗せてくれます。成田さんの車椅子は軽量で、うまくバランスをとることでエスカレーターにも自分でそのまま乗れますので、結構、スーイスイです。ただ、エスカレーターやエレベーターがどのあたりにあるかわからない駅も多く、その場合には、あちこち行ったり来たりを余儀なくされますので、駅員さんの誘導や情報が欠かせません。

公共のトイレも結構大変です。バリアフリー、バリアフリーと言われて久しいのですが、意味ない段差やトイレの入り口に階段があったり、特にデパートや駅などのトイレが不便で、何箇所も探しまわらなければならない場合があります。車椅子でも大丈夫なトイレがどこにあるか表示してあるところもありますが、ないところの方が多いようにも思います。地方では、駅もほとんど階段のみのところも多く、そういう場合には駅員さん4人くらいで、車椅子ごと担いでもらいます。

雨が降っていた日でしたが、一緒に乗ったタクシーから降りる際、たたんでトランクに入れていた車椅子を出して、乗り換えて、本人は荷物をもち、段差のあるところを上るので私が後ろから車椅子を押していたら、近くにいた通りすがりの方がそっと傘をさしかけてくれました。その後も今度は成田さんが自分で車椅子を両手をこぎ、私が両手に荷物で、傘が使えなかったのですが、本当に間髪いれずに、サッと傘がさしかけられ、そのたびに人々の優しさを感じました。おそらく成田さんも日々、いろんな人に助けられて生活していると感謝しているようで、そのことが、苦しい練習や環境に耐えて頑張っていける源だとおっしゃっていました。

もちろん、逆の場合もあります。「車椅子の方もご利用下さい」とステッカーが貼ってあるタクシーでも「ちぇ、車椅子かよ」などど言われたこともあるようです。東横ホテルのハンディキャップ用の設備の偽造改築で社長の発言が問題になりましたが、公園や公共の車椅子用のトイレがあっても、行ってみると鍵がかかっていて使えないところが多いようなのです。なので、管理室まで、鍵をとりに行かないといけないのだそうです。なぜ、そんなことになっているのか、「鍵をかけておかないと浮浪者が入って住みついてしまうので」とか。いずれにしても使われない、不要な場と思われているのではないでしょうか。

数年前ですが、友人が、道路にある目が不自由な方用のボチボチの誘導補助をみて、「こんなもの、ほとんどの人には必要ないのに、税金の無駄使いだよね。」と言ったのを聞いてビックリしました。きっと、そう思っている人が結構いるのかもしれません。でも、誰でもいつ、どのような状況に置かれるかわかりません。迷える子羊の例では、ありませんが、少数の困っている方への配慮があればあるほど、より成熟した社会だと言えるのではないでしょうか。確かにインフラにお金がかかるかもしれませんが、それは、必要経費だと思います。いろいろな状況、環境の人々が互いにより快適に共生できる社会が、豊かなのだと思います。それ以外に不必要な無駄がもっともっとあるように思います。どうも心の中にバリアーがある人も多いように感じますね。成田さんは、海外では、もっと、バリヤフリー先進国がたくさんあるので、日本でも、もう少し理解が欲しいというようなことを言ったこともあります。

ちなみに、横断歩道にある目の不自由な方用の音がでる装置ですが、家の近くの交差点では、信号が赤の時も青の時も同じ音がでているのですが、あれって、壊れているのでしょうか。そういう点検ってちゃんとされているのでしょうか。ちょっと、気になってしまいました。

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2007年2月16日 (金)

恵比寿のお値打ち和牛の焼肉屋

Pict0816_1  恵比寿の美味しい焼肉屋、喰心坊。最近は、焼肉も食べる機会がグット減りましたし、食べる量も減りました。まあ、そういうお年頃ということで。ただし、キムチやカクテキやご飯モノを必ず食べます。韓国では、結構野菜の小皿がたくさんでるので、お肉ばかりでなく、野菜も多く取れるのですが、なかなか日本では、焼肉屋と言えば、お肉中心で、不健康なイメージが強いですね。

ここは、和牛の良いお肉が結構リーズナブルに食べられます。この日頂いたのは丸カルビ、普通のカルビよりもさらに柔らかく、ジューシーで◎でした。内臓系は苦手なので、カルビかハラミかロースくらいしか食べません。と言ってもほとんど、カルビ。カルビでも色々な種類があります。「韓国風焼肉」というプルコギ風の味付けの厨房で炒めて運ばれてくる焼肉は、白いご飯とよく合いますので、ご飯をたくさん食べたい時にお勧めです。

行者にんにくご飯やどんこ焼きなど、メニューも充実しています。大きなお店ではありませんが、お店の方々は、皆さん感じがよく、たまにしか行かないのに、いろいろと声をかけてくれるので、最近は、焼肉と言ったら、もうココに決まりです。

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2007年2月15日 (木)

高校の東京同窓会第一回発起人会

今日は、高校の東京同窓会第一回発起人会を開きました。今回は数人でしたが、顔合わせを兼ねて、これまでのいきさつや今後の予定などを確認した上で、どのような会にしていったらいいのかなどを話し合いました。

私がこれまで、いろんな方と連絡をとった中で、やはり、介護に追われて大変な方々が多いという現実、女性を取り巻く環境は、なんだかんだと大変だということを話題にしましたら、1年先輩で映画の字幕翻訳家として活躍するIさんも、「まったくその通り。男女共同参画社会なんて、実際には、まだまだで、社会にあっても、家庭にあっても、もっと、もっと、男性の意識も変わってもらわなければ困る。もっといろいろと協力してもらって、女性にだけ押し付けるようなことのない社会を目指す、そういうことをこの会の柱にしましょうよ。」ということで、意外な盛り上がりをみせました。

地元では、この年で、独身だというだけで、“なにかあったのかしら”と勘ぐられたり、噂の対象になってしまいます。市役所に勤める男性の友人に車で送ってもらうときも「噂になると困るから、助手席ではなく、後ろに乗って。」と言われます。そういう地域社会ですから、これから、卒業する若い世代が、そのような偏見にとらわれることなく、社会でも家庭でもより自分らしく自己実現を目指せるような意識づくりの手助けをする。そして、まずは、気負わず、近くにいてもなかなか会う機会がない友達が自分たちの同窓会として、会って楽しむ時間として位置づけ、お互いに、刺激を受けるような会にしようということで、まとまりました。

参加者からは、Iさんに対しても、どうやって字幕翻訳家になったのかなどの質問も飛び交い、そういう体験談なども在校生にとっては、きっと、得がたい話しにになるだろうと思います。

徐々にブログなども開設して、そういう情報発信拠点としても機能させましょうということになりました。

参加者の一人は、「忙しいなどと言って、閉じこもっているとだめだよね。こういうところに出てくると色々な人の体験談や話しを聞けるから良いよね。視野が広がるし、自分の知らない世界を知れるから、もっと出てくるべきだよね。」と話しました。その方は、ご自身のお母さんと旦那さんのお義母さんの介護で、故郷と東京と、両方を行ったりきたりでご苦労をなさった方で、昨年お二人をお見送りされました。介護のお仕事もされています。

別の人も「アー、今日は楽しかった。次回は4月などど言わずに、もっと会おうよ!」とも。

我々の故郷は、昔の城下町で川に阻まれた結構閉鎖的な土地柄です。我々もどちらかと言えば、軟弱というか、県内では、おとなしく目立たないほうで、長い物に巻かれる性向が強いのですが、予期せぬこの日の展開をなんだか嬉しく思いました。この調子ならば、いい具合に活動できそうな気がしてきました。

先日、地元にいる友達と電話で話した時に、「こっちの友達と会っても、過去の話だけしかないからつまんないし、そんなにちょくちょく会わなくてもいいわと思っちゃう。」と言っていたことも思い出されました。

故郷や昔を懐かしむだけでなく、前に進む同窓会として楽しもうということで、意見がまとまりました。次回の発起人会に向けては、各自が自分の友人や知人などに声をかけて、ネットワークの拡大を図り、夏には、設立パーティーを開くことを確認しました。

なお、この日の模様は、4月の同窓会会報に報告することも決まりました。

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2007年2月14日 (水)

またひとつのボランティア

2年ほど前、群馬県人会に初めて参加してから、ずっと口説かれていたことがあります。それは、私の母校(高校)の東京同窓会を作るようにという御下命でした。群馬県人会は、各県立高校の東京同窓会の連合会という組織体系になっており、県内で、私の母校と隣の市の女子高の東京同窓会がまだできていないということでした。

しかし、そのような立ち上げは大変はことですから、「私のような若輩者(ここでは、俄然、若い部類に入らせてもらいたい!)がそんなそんな。。。」ということで、約2年間かわしておりましたが、あちらからも、こちらからも外堀を攻められ、もう、やるしかない状況が作られてしまいました。

以前にも書いたように、群馬県の県立高校は、いまだに男女別学が多く、同じ市内の男子校の東京同窓会は、既に25年もの長き活動実績があり、300頁を越える分厚い記念誌も作ったほどの結束です。その男子校の東京同窓会の大先輩方が「我々が手伝うから」ということで、だんだんそういうことになってきてしまい、私が事務局をやることになってしまいました。そうこうするうちに活字にもなってしまい、新春1月1日の上毛新聞にも、おめでたい話題として取り上げられました。

おりしも今年がわが母校の創立90周年の記念すべき年とのこともあって、もう、腹を決めて、この際、男子校の諸先輩方、また、本校同窓会の諸先輩方、または、県人会の諸先輩方のお力を借りて、始動することにしました。

同期の親しい人から順番に、「そういう訳で、手伝って!」とHELPを出して、発起人が10名ほど集まりました。しかし、我々の前後の世代だけというわけにもいかず、土曜日には、本校同窓会長にお目にかかり、大先輩を何人か推薦して頂きました。約2時間ほど、いろいろとお話をして、お互いの情報を刷り合わせて、何人かの候補者をリストアップしていただきました。

東京に戻ってきたら、早速に会長が、名簿で各候補者の卒業年度や連絡先を調べて送ってくださいました。

そこで、私も今日は、夕刻、電話をかけまくりました。お目にかかったこともない母ほどの年齢の方に、突然、お電話をして、「そういう訳で」と説明するのですが、皆さん、なかなかお優しく、「忙しいから」「なにもできないのでね」「老老介護してるから」などとおっしゃるものの、発起人になってくださることは、快諾していただきました。また、「私の従姉が恵比寿にいるわよ。」とか、「だれそれさんの奥さんが」とか、別の方をご紹介して下さったりと、この調子で、うまくネットワークが広がればと思っています。

ただ、女性の場合、子育ての世代、介護の世代といつの世代でもそれぞれに大変で、働く独身者もそれなりにずっと大変なので、それぞれの世代、それぞれの環境の女性が一同に会す機会は、曜日や時間設定からしても結構大変だと認識します。やはり、少子高齢化社会の中で、いくら男女共同参画といっても、親の介護をほとんどお嫁さんにまかせきっている男性が多いのも事実で、そういうことも含めて、皆で語り合い、いろんな活動につなげていければと思っています。

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2007年2月13日 (火)

いよいよ来ましたー花粉の季節ー

昨日あたりから、目の周り(ふち)がやたらにかゆくなってきました。鼻は、まだ、大丈夫のようです。

私の目も大変敏感で、ある時は、ベランダへ洗濯物を干しに出た途端に眼球がみるみる腫れ上がって、コンタクトレンズを回りから挟み込んでしまい、取れなくなってしまいました。なによりも、眼球のあまりの膨張に目の中の異物感といったらありません。すぐに、いつもの眼科へ飛んで行きました。

「あら、なんで、こんななのに、コンタクトレンズ入れちゃうの。」

「入れたときは普通だったんです。」

「いつから、こんなになっちゃったの。」

「今、さっき。」

麻酔をして、レンズを取り出してもらいました。

ここまで、眼球が膨張することはそれほどないのですが、いつも目の周りの際、ふちがかゆくてなってしまいますが、ふちなのでかきたくてもかけません。

以前はアレルギー用の目薬を使っていましたが、これが、肌のアレルギーを引き起こす原因になっていたことがわかって、大弱り。目のかゆみ止めの目薬をつけると、目の周りが赤紫にはれあがってしまいます。

それなので、今は、目薬は、人口涙液マイティアだけをつけて、目の中の花粉を洗い流すというこか、それだけで、かゆみは我慢するしかありません。

本当に辛い時期です。

しかも、私は、スギ、ヒノキ、ヨモギ、ハルガヤの花粉に対してアレルギーをおこすので、期間も長くて本当に大変です。

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2007年2月12日 (月)

告知ーJICA「学校に行きたい」企画ー

Gakkou_ni_ikitai JICAの3月からの企画は「学校に行きたい!」です。

私たちのNPO「ちきゅう市民クラブ」もJICAとの共催事業として、留学生・元留学生による「他のアジアの国のこどもたちはどんな生活をしているのかな?」のワークショップを企画します。

詳細が決まりましたら、また、ご報告いたします。

他には、写真展、パネル展、セミナー、映画上映会も開催されます。

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2007年2月 9日 (金)

イラン大使公邸での園遊会

本日は、イラン・イスラム共和国の園遊会にお誘い頂きました。正午から始まった園遊会には、たくさんの外交官、企業の方々がお見えになり、黒塗りの車が列になって、その周辺だけが、一時渋滞しておりました。

「園遊会」とだけ、お伺いしましたが、大使公邸に入ると日本企業やサウジアラビア大使からのコングラッチュレーションズというたくさんの大きなお花が届いておりました。イラン イスラム革命記念日だったんですね。

イラン大使はホールの入り口で一人一人と握手をして出迎えてくれました。大使は、私が一緒に行ったNPOの会長と握手をすると、なぜが控えているたくさんのカメラマンに「写真を撮って」と言って、いっせいにフラッシュがたかれ、二人で握手している写真が撮られました。私の時には、言ってくれませんでしたね。ナンだったんですかね。

イラン大使は、ひっきりなしに入場するお客様一人一人に握手(握手は男性にのみ、女性にはおじぎ)をしてご挨拶していたので、パーティーは、挨拶もなにもなく、入った人から飲み物もお食事も自由に飲んで食べて、お話しをして、、、という大変カジュアルな雰囲気でした。

ホール内は人も多く、暑いくらいで息苦しく、すぐにお庭に出ました。お庭ではお肉の串焼きも焼いていましたが、テントの中には、海老やサーモンの前菜からカバブやチキンやライス、サラダなど、名前の知らないたくさんのお料理が並べられました。

ここでは、当然といえば当然ですが、アルコールは一切でません。

TVなどでよく見かける国際問題のコメンテーター、シンクタンクの人、ジャーナリストも多く、企業の方々もたくさん来ており、日本企業にとって、イラン関係がきわめて重要であることを改めて認識しました。企業の方は、こういうパーティーでは、すぐに見てわかりますね。本当にたくさん見えていました。

また、ロシアや中国の軍服姿の方々もいらっしゃって、初めて見る光景に、ちょっと驚きました。参加者のほとんどが男性で、女性は10%くらいでしたでしょうか。

少し雰囲気が違うパーティーでしたので、写真を撮るのは、なんだかはばかれました。

エジプト大使やイラク大使とも再会しました。

イラク大使に友人を紹介しにいったら、隣にチャーミングな若い男性がおり、大変親しそうにしていたので、てっきりイラク大使の息子さんかと思ったら、イラン大使の息子さんでした。なかなか気さくで笑顔の可愛らしいナイスガイでした。

TVや新聞で見聞きしている国際関係を思っていると、「あれ」っと思うこともあり、「そうか」と思うこともあり、「ヘー」と思うこともあり、「ヤッパリね」ということもあり、なかなかいろいろ垣間見ることができますね。

1時間ほどでしたが、楽しいお昼を過ごしました。

その後は、事務所に戻り、忙しく過ごしました。気がついたら21:00になっており、“あれ、夕飯を食べるのも忘れてた!”ということで、遅くに食べるから太るのね~。

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2007年2月 8日 (木)

JANZの新年会at NZ 大使公邸

Nz 本日夕刻、JANZ(日豪ニュージーランド協会)の新年会がニュージーランド大使公邸で開催されました。協会名誉総裁の桂宮殿下はじめオーストラリア大使、ニュージーランド公使もご参加され、会場には、和服の方々も多く、見受けられました。

Janz1 開会から乾杯までに30分もスピーチなどが続いたのには、疲れました。さすがに30分経った頃には、会場がにわかにザワザワしてしまいました。私の主催するパーティーでは、必ず、入場の際からウエルカムドリンクをお出しして、食事までの時間は、15分としています。30分も飲み食いお預けのスピーチというのは、かなりしんどいものがありますね。

Nz2 カクテルパーティー形式でしたが、美味しいビーフ、ラムのフィンガーフードで結構お腹がいっぱいになりました。

Pict0833_1 ここは、昔の鍋島藩のお屋敷跡だとか。お庭もなかなか見事ですが、写真には、うまく撮れませんでした。苔も見事です。

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2007年2月 7日 (水)

美味しいお米の為にももっと雪を!

今日は、少し寒くなりましたが、昨日の暖かさには、もうビックリでした。

「枝豆叔父さんの言うことには今年は小雪のようだぞぉ~’’
なぜかというと、カマキリがあまり高い所に巣を作っていないのだそうです。埋まってしまうような場所には最初から作るはずはないので、今年は小雪。
そして、蛙たちが地中深くもぐってない。土の中、浅いところにもぐってるそうです。だからやっぱり小雪。」

これは、宝巌堂の若女将の昨年の秋のブログからの引用です。

こういう知恵って素晴らしいとその時も大変感動しましたが、見事に当たりでしたね。自然と共に生き、自然から学ぶ生活、羨ましい限りです。

夕べのニュースステーションでは、今年の暖冬を取り上げていましたが、雪が少ないと美味しいお米ができないんですって。魚沼産のコシヒカリは、冬に降り積もった雪の雪解け水があってこそ、美味しくできるのだそうで、雪が少ないと、美味しいお米ができないと。これは、米好きには、一大事です。

しかし、日本の水田は、本当に自然との共生の中で、うまくできてるもんだと今更ながらに感心致しました。日本の四季や気候風土が多くの実りと文化を育んでいることを再認識し、その中で暮らし、その恩恵を享受できることに感謝しつつ、この自然や営みの環境がいつまでもいい状態で続きますように、そして、安全で美味しい食材を安心して楽しめる日々が続きますように。

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2007年2月 4日 (日)

お気に入りのモノ①

Pokkuri あまり、出番はないけれど、持っているだけで楽しくなるお気に入りの和もの、それは、この蒔絵が施されたぽっくりです。

昨年のヒットなお買い物。最初は、少しかかとの高い草履を探していてのです。ネットで下調べをしてから、浅草のお店に出かけました。もちろん、チェックしておいたものは、金色系の草履。確かにネットにも、ぽっくりの情報も出ていたのですが、まさか、その時はぽっくりなんて思ってもみませんでした。

お店に行って、密かに決めていた草履を買おうとしたのですが、模様や色のないただの金色のものの方がちょっと値段も安かったし、利用範囲も広そうだったので、そっちにしようと決めかけた時、レジの近くにきれいな黄緑の蒔絵のポックリを発見しました。まだ、鼻緒がつけられておらず、それが、なんとも可愛らしく私の気を惹いてくれちゃいました。

伺うところによれば、それはあるお客さんからの特注品とのこと。別の絵であれば他にもあるというので、見せてもらってしまったら、なんだか、夢があって、楽しくて遊び心もあって、急に欲しくなってしまいました。どうせ、家の中でしか履けないかもしれないし、飾っておくだけかもしれないし。。。それにしても安い買い物ではないので、ちょっと悩みました。しかも、草履はいずれにしても買わないといけないので、両方買うとなると、確実に予算オーバー。

ふと、元禄調の着物の比翼を返して見せ、ひきずりはしないまでも長めに着て、ぽっくりを履いたら、結構面白いかも!とか着物の遊びを思いつき、そう思ったら、これは、私の頭の中ではもう必需品となってしまいました。

でも、いきなり、こんなもので歩けるのでしょうか。「大丈夫ですよ。こどもだって、これで、歩けるんだから。」そう?そう?だったらーと買っちゃおうかなー。

ということで、値段交渉をしてみました。「両方買ったら、少し安くなりますかー」私にしては、よくぞ、言えたものです!!「そうね、そういうのは、やったことないけど。。」と電卓をはじいて、「これでどうでしょうか。」というので、両方買うことにしました。

包んでもらう間に、色々と景気やこういう市場について伺いました。

お店は、仲見世通りにあって、店内にお客はいませんでしたが、ネットにホームページを作ってから、全国に商圏が広がったので、ビジネスとしては、大変上向いたと言っていました。確かにこういうものは、大衆向きではないけれど、10%でも絶対に必要な人がいるものだから、分母が大きくなれば、同じ10%が大きくなるわけですからね。やっぱり、ネットは、可能性を広げるんですね。

そして、この草履もぽっくりもエジプト大使館のパーティーでデビュー致しました。家からは、草履を履いていき、会場でぽっくりに履き替えました。大理石の会場で、コケたら大変ですから、少し、様子を見ながら徐々に慣れました。お客様にも好評で、私ももちろん楽しみましたが、いい話題にもなり、皆さんも楽しんでくださいました。この写真もTBSのカメラマンの方が撮ってくださいました。帰り際に「今日は良い物を見せていただいてありがとうございました。」とまで、声をかけてくださった若い方々もいらっしゃいました。

今、若い人の間でも、着物が静かな人気になっており、こうした通好みの和の小物が人知れず脚光を浴びているようです。

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「モンゴルの風」イベント報告

Pict0931 JICA地球ひろば カフェ・フロンティアとの共催で、NPOちきゅう市民クラブは、ライブ&トーク「モンゴルの風」を開催しました。おりしも映画「蒼き狼」公開前でのモンゴル関連の露出も多く、この時期はモンゴルの大統領も来日中というタイミングでした。

227 カフェ・フロンティアのシェフも大変研究熱心な方で、この日の為に特別のモンゴル料理を研究され、モンゴル料理のメニューを作ってくださいました。出演のセーンジャーさんは「故郷の味。なつかしい料理」とその感想を述べられました。

馬頭琴の音は、モンゴルの草原やそこを馬が駆け巡る様を実に上手に表現されていました。お客様からは、「モンゴルの風」を存分に感じることができたとのご感想を頂きました。

ウーリーハンさんの歌も力強く、乾燥した大地、その中で人をもてなす心、両親や目上の方々を尊敬し大切にする心がよく感じられました。故国を離れて他国に暮らす方々を「ディアスポラ」と言いますが、言葉も文化も習慣も違う社会で、家族と離れて暮らしながらも、新しい出会いの中で頑張っているウーリーハンさん自身のストーリーやアイデンティティーを思いながら、彼女が歌う「母親」「送親歌」は、大変胸を打ちました。

Pict0932 最後は、お客様と日本の「ふるさと」を合唱いたしました。取材い入ってくださった『SEVEN HILLS』さんが、出演者を囲んでお客様との集合写真も撮ってくださいました。それは、また、掲載誌を楽しみに待っていましょう。

このイベントは、食事・1ドリンク付きで2500円で最大50人の比較的親密な空間での交流事業です。なかなかこのような金額での運営は大変ですが、今後もNPOちきゅう市民クラブでは、このような事業を積極的に開催していく予定です。皆様のご支援・ご協力を心よりお願い致します。

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2007年2月 3日 (土)

ゼミOB合宿ー再び2ー

年末に開かれた大学のゼミの先輩との忘年会の延長で、このたび少数精鋭で特別OB合宿が箱根で開催されました。私が卒業してから20数年ですが、それなのに、こんなに頻繁にOB合宿をしている人たちってそうそういないと思います。ありがたいことです。ゼミの卒業生も400名くらいいると思いますが、私の上の5年くらいの先輩の中で、数名が常に、こうして集っています。

JICAに勤務するO先輩が海外勤務になるので、その送別会を兼ねての合宿です。それなのに、O先輩が自ら幹事で宿泊施設も“良い所”を用意してくださり、至れる尽くせりの上げ膳据え膳で、すっかりご面倒をおかけてしてしまいました。O先輩の奥様にも大変お世話になりました。

「申し訳ないです。」という気持ちでいっぱいですが、O先輩は本当によく気が利くし、腰が軽く、マメな方で、私なんぞは、学生の頃から、すっかりいつも頼りきりです。

我々のゼミは、ほとんどが発表形式、ディスカッション形式だったので、皆さん、しゃべりは得意(?)。卒業して何十年も経ちますが、それぞれの職場や家庭での近況などを話しあって、それ以外にも話題が豊富。社会問題や国際情勢なども語らいます。毎回毎回、楽しくて、ついつい、身を乗り出して、「それで」と続きを聞きたくなるような興味深い話題が満載で、泊り込みでも、“時間が足りない”という感じで閉会となります。

ということで、その場で、手帳を開いて、夏合宿の日程と場所が、早々と決定致しました。そう、次回は、若女将の宝巌堂へいざ!なのだ!

しかし、このメンバー一癖も二癖もあるので、貸切でないと、クレーム来るよね。宜しくお頼み申します。

番外編:しかし、先輩方の会社や仕事の話も、もろもろ参考になることも多く、本当に実りある合宿なのです。

エスカルゴが殻と中身が別々のところから輸入されているなんて、思ってもみなかったですし、「あれは、魚介類か」という上司の話も面白かったですね。

私の目の前の景色だけが、ちょっと辛かったのですが。。。(わかる人にだけ、わかることですが、ね~O先輩、奥様。。。)

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2007年2月 2日 (金)

再会-その後-そしてまたの出会い

年末に、あるパーティーで再会したKさんにお誘い頂き、先日、Kさんが事務局を務める会合に参加しました。その日のゲストは、Gerald  C.Hsuさんでした。

Karukupict0814 これまで、お金に縁のない私は、投資や投資家について関心がなかったので、Hsuさんのことは、失礼ながら、全く知りませんでした。(「釣りバカ」のスーさんは知っていたけれども。失礼!)わかりやすい言葉で彼のこれまでのビジネス、投資、生活、信条、家族観などを伺いました。

また、ビジネスとは別に、奨学金や無料でのソフトウエア提供など、様々な社会貢献もされており、日本でも、北海道の中小企業、小さな温泉旅館の為のソフトなども作り、無料で配布しているとか。(若女将、もらう?)

ここでは、同世代と若い世代の人が集い、毎月このような部会を開いているようで、他に朝食読書会などもやっているそうです。

夜型の私には、無理ですが、若い人たちも、皆、いろいろ頑張ってるなーと感心した夜でした。

Hsuさんもとても気さくで温かく、いろいろとユーモアも交えながら、若い人たちからの質問に笑顔で誠実に答えていたお人柄に大変感銘を受けました。

ちょっと、忙しかったので、参加できるかどうか、当日の2時間前くらいまで、わかりませんでしたが、フットワークよく、頑張って参加して良かったと思いました。

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2007年2月 1日 (木)

こどもの頃の思い出の本

「モンゴルの風」の参加お申し込みが徐々に入ってきています。ある方は「こどもの頃に『スーホーの白い馬』という本を読んで、馬頭琴はどんな音がするのだろうと、一度聞いてみたいと思っていました。」というコメントをつけて、お申し込み頂きました。

こどもの頃に読んだ本というのは、結構インパクトがあり、色々な世界への関心の窓であったと思います。

私の場合、小学2年の頃だったと思いますが、『ヒマラヤの孤児、マヤ』」という課題図書があり、表紙のマヤの絵が当時の私の顔や髪型ととてもよく似て、自分の分身であるかのように親近感いっぱいで読みました。当然ながら、大好きな本でしたし、感想文の評価も良かったと記憶しています。あれから、ネパールという国にもうっすら興味がわきましたし、世界の国々にいるおなじような女の子の暮らしや境遇にも興味がわきました。

あの本はどこへいってしまったのでしょうか。今度さがしてみましょう。

その後、小学生時代は、ドリトル先生や、メアリーポピンズ、アンクルトム、岩窟王など冒険モノや家なき子、フランダースの犬のような悲しいお話にハマっていましたね

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