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2007年1月31日 (水)

豊かなフレーバー&テイスト

Tea このところ、様々なハーブティーを楽しんでいますが、お手軽に豊かなフレーバー&テイストが楽しめるのが、Good Earth のVariety Pack。シナモンの香り豊かなブレンドものです。

Karukupict0795_1 例えばRed  Tea Sweet & Spicyには、ルイボス、ローズヒップ、シナモン、レモングラス、ペパーミント、オレンジピール、アニスシード、ジンジャールートなどがブレンドされています。Black 茶には、プレミアム チャイニーズ ブラック ティー ウイズ ナチュラル ピーチ &トロピカル フレーバー。天然グリーン ティーもただの緑茶ではありません。カフェイン抜きグリーン ティー、レモングラス、ナチュラルフレーバーとなっています。

単調な味の飲料に飽きたら、前回紹介したTraditional Medicinalsのシリーズ同様、このバラエティ パックはお勧めです。

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2007年1月30日 (火)

告知ーモンゴルの風ー

Mongol 既に、告知させて頂きましたように、2月27日(火)に広尾にありますJICA地球ひろば、カフェ・フロンティアでのNPOの主催事業「ライブ&トーク、モンゴルの風」のフライヤーができました。

もうじき、公開の映画「蒼き狼」への関心も高く、既にお申し込みも徐々に入っております。

今から楽しみです。

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2007年1月29日 (月)

告知ー天平楽府-

Tenpyou1 「シルクロードの終着地、奈良・正倉院の復元楽器で奏でる 天平楽府」が2月2日に東京文化会館大ホールにて18:30より開催されます。「天平楽府」の音楽監督で作曲家、演奏家でもある劉宏軍さんには、約10年前に神奈川県立地球市民かながわプラザの企画の仕事の際に、初めてお目にかかりました。神奈川プラザの国際理解展示室には、竹を使ったアジアの楽器や太鼓などが展示されており、その展示の監修をして頂き、当時、参画プランナーが数名で、劉さんのご自宅に伺い、レクチャーというか聞き取りというか、そういうことを毎週やっていました。以前、書いた(書いていなかったですかね)ICLCの田島伸二先生(当時ユネスコ アジア 文化センター)にも同じ展示室の他のコーナーの監修をしていただいて、神楽坂のユネスコアジア文化センターで毎週レクチャーをしていただいていました。この時の仕事が、現在のNPO設立にいたるきっかけになっています。その後、全然連絡を取り合っていなかったり、所在がわからなくなっても、どこかで、また偶然お目にかかったり、たまたま読んでいた雑誌で所在や連絡先がわかったりというご縁があります。まあ、問題関心が同じようなところにあるので、自然とそういうことになるのだと思います。

Tenpyou2 さて、話しがそれましたが、今回の劉さんの公演では、天台声明七聲會と真言宗豊山派迦稜頻伽声明研究会の聲明も、胡旋舞などの舞踊もつくようです。ただ、このチラシでは、舞踊は、演奏曲目のところに( )して書いてあるだけで、説明を受けないと全くわからない感じです。

中央アジアやシルクロード、ササン朝ペルシャ、正倉院と聞いただけでうずうずしてくる私には、大変興味あるコンサートですが、この日は、東京を離れなければならず、マッコト残念であります。

S券7000円、A券5000円、学生券1500円、ゴールド券(60歳以上)3500円、詳細はチラシをご覧下さい。

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2007年1月26日 (金)

Arts Management - A Creative partnership

南ユタ州立大学パフォーミング&ビジュアル・アーツ学部長、ウイリアム・バーンズ教授の講演会が早稲田大学演劇博物館21世紀COE演劇研究センターの主催で開かれた。

「アメリカでも芸術組織の50%が赤字で赤字から抜け出せないでいる。」という発言はノッケから意外だった。少なくとも米国では、企業や資産家のパトロン、スポンサード、市民の寄付行為などが根付いていると思っていたからだ。著名なオーケストラやバレエ団など潤沢な予算を獲得している組織も多いはずなので、おそらく、中小の数限りない組織、団体が存在しているということなのかもしれない。「そういう組織では、個人のクレジットカードで自転車操業しており、寄付や助成金が得られるまでは、チケット収入に頼ざるを得ない」のだそうだ。(うーん、どこかで聞いたような話だ。)

ある日、劇場に行ってみると、スタッフは、いきなり“解雇”を言い渡されることもあるそうで、「そうならないためには、聴衆、観衆が求める内容の公演をすることが大事なのだ」とおっしゃった。また、企業の助成金や協賛をもらい続けるためには、その企業の求める内容を追求し続けることが大事だ」ともおっしゃった。確かにそうかもしれない。

しかし、一方で、「企業協賛の60%がスポーツイベントに対して」であり、「一度も博物館や美術館に行ったことがない人が米国内に何十万人もいる」状況の中で、アーツが追求できるのだろうか。アーティストをアーティストたらしめているものは、迎合でも商業主義でもなく、各自の自由な活動だと思われる。自分の発信したい思想や感性を誰にも理解してもらえないかもしれないけれども発信したい、それがアーツの源なのではないかとも思う。それがトンチンカンであるものもあるかもしれないが、一般の人の感性よりも、1歩も10歩も先をいくものであることもあり、その時代には、評価されないけれども、後年、その作品や思想、人となりが評価され、共感され、作品が脚光を浴びることがある。画家、音楽家、作家などでも生活に困って人生を終えた人も多いし、そういう人は、かならず、苦難の時代を経験したりしている。

かつて、戦時中、国策や軍部の求めに応じて、国策画を描いた画家や、俳優・歌手が、戦後、糾弾されたり、批判された。それと似て、今は企業やマネーに対してアーツがあまりにも寄り添いすぎていないかという批判もある。同様に、大学や研究の場が、“お金につながる研究”に傾いている傾向もある。それが、現在の世界の価値観であり、社会の成り行きなのかとも思う反面、もちろん、逆のベクトルの考えも無視することはできない。もちろん、アーティストが貧乏でなくてはならないわけでもないし、お金を稼ぐことができないよりはできたほうがいいに決まっている。良いことをするにも、今は何かとお金がかかるのだから。

アーティストがマネーに擦り寄っていくのでなく、アーティストがマネーや人を惹きつけられる魅力や先進性、共感をどのように生み出すかの方に研究の力点がおかれてもいいようにも思うけれど、それを教えてくれるような人も研究も実際にはあまりないようだ。きっと、アートに関わる人は、そっちを求めていることだろう。「オリジナリティーのあるものは売れる。」などと簡単に片付けられているが、当人たちには、そんな簡単なものではないようだし、何が売れるか、当たるかに関する明確はシステムも方法論もない。偶然性と必然性という両方をせめていっても、それをうまく説明、解明するのは、「人間」の研究と同じで、明確な答えなど出るはずがない。それが、まあ、人間のおもしろいところであり、すごいところなんだろうから。まあ、事例研究から、統計的なエッセンスを抽出することで、ある程度の可能性としてのアーツ・マネージメント論を導き出せるのかもしれないが。

おりしも、“総合学習の反動”で、義務教育関係では、教科の指導に躍起になっている。某大学の講師に決まった友人は、「学生の英語学力は中学生並」と採用の際に言われたらしい。

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2007年1月16日 (火)

喉にいいもの

Propolis さて、咳が止まらず、喉の調子がよくないので、プロポリスのキャンディーをなめています。

Throat_coat また、基本的にはコーヒー党ですが、昨年末にこのThroat Coat というハーブティーを成城石井で見つけて、大のお気に入りになりました。喉に良いといわれる成分が配合されており、喉元がスーとして気持ちがいいのです。そして、何といっても味がいいのです。単純なしょうが湯でもなく、ミントティーでもなく、様々な珍しいハーブが微妙に絡み合い、それぞれの香り、刺激、テイストがモザイクのように良い具合に原型をとどめながらも全体としての調和を保っています。お勧めです。もちろん、薬ではありませんので、咳が治るとか、そういうものではありません。念のため。

Throut Traditional_medicinals

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2007年1月15日 (月)

またしても百日咳?

11月の末にひいた風邪がなかなか抜けず、いまだに咳込んでいます。喉の奥のほうが乾いていて、痰もへばりついているような感じで、イガイガしています。一昨年も、咳だけが、ずっととれずに、耳鼻科でみてもらっていたのですが、耳鼻科は、もう喉もきれいに治っているので、肺の方を検査したほうがいいと言われ、痰やレントゲンの検査をしましたが、この痰の検査が大変で、規定の量がとれずに、何度もやり直しをしました。その後、2ヶ月ほど、病院へ結果を聞きに行けずに、咳も知らぬ間に取れましたが、念の為に病院へ行き、検査結果を聞きました。「検査の数値からは、どうも百日咳だったようですね。百日くらいで治りました?」そう言われて、考えてみたら、ちょうど3ヶ月半くらいで治ったようでした。

今回も12月のはじめに耳鼻科に行っただけで、その2週間後の予約を取った日にも病院へ行けず、今に至るという感じですが、今回も百日咳なのでしょうか。

そういえば、9月の健康診断の結果もまだ聞きに行っていないんだった!

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2007年1月14日 (日)

更新の年とおもいきや

昨年12月に、マンションのオーナーがオーナーが代わりましたのでと挨拶にやってきました。早い話、オーナーさんが不動産会社に売ってしまったとのことでした。不動産屋さんのご担当者が前のオーナーと共にやってきたのでした。「今までと条件も全て同じで家賃の振込み先の口座だけが変わりますので。」ということだったのですが、年末、「来月20日に更新ですので、社長とあらためてご挨拶に伺います。」と電話がありました。なにもわざわざと思っていましたところ、「更新の時期ですが、できましたら、更新になった住居者から順にお引越しをしていただきたいとおもいまして。」「できましたらっていうのは、できなくてもいいのでしょうか。」「いいえ、それは。。。」

つまるところ、ここを壊して新しく建て替えたいらしいのです。そうは言っても、こちらも都合があるし、予定もあるし。。。そうそう、はい、すぐ出て行きますというわけにも行かないですよね。なんたって。次の場所もさがさなきゃいけないし。。。本当に困りましたね。

さて、さて、どうしましょう。

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2007年1月13日 (土)

公開講演会

13日、午後、立教大学で開催された2006年度 第9回公開講演会 「日中関係の危機管理」に参加しました。これは、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科が主催したものです。

講師は、阿南惟茂さん(前中国大使 )で、パネリストとして朱建栄さん(東洋学園大学教授)及び、立教大学大学院21世紀デザイン研究科の先生で秋山昌廣さん(元警察等官僚)です。

こういうときに、いつも【パネラー】と表示されていて、ずっと昔から、同時通訳の村松増美先生が「パネラー」という英語はないので、使うのは間違いと教えていただいていたので、私は、いつもパネリストという言葉を使うようにしていますが、大学でもどこでもパネラーと使っているのは、英語ではなく、別の言語なのでしょうか。それとも、いつの間にか市民権を得て、パネラーが定着してしまっているのでしょうか。ご存知の方はご教示下さい。 

さて、講演内容は、「日中外交における日本側当事者のひとりであった阿南氏から、日中関係における諸問題(歴史問題、靖国参拝問題、中国における教育、抗日デモ、経済関係、政治関係など)について、外交における危機管理の観点から講演をしていただき、その後、コメンテーターからの対論、指摘などの発言をいただく。次いで、講演者及びパネラーによるディスカッションを実施する。」と出ていましたが、当事者は日中関係については、基本的に楽観的姿勢であるようでした。阿南氏は、「僕は中国が長いので、日本のことをよくしらないように、朱先生は、日本が長いので中国をことをよく知らない。」と冗談交じりに日本と中国に関する見解の相違を述べられましたが、基本的にお二人の意見や現状分析にそう違いはないようでした。朱さんが強調されたのは、中国の近代化の課程の問題を中心に話されました。「市場経済の導入による急激な変化の中で、中国が真に法治国家になること、ルールを守りながら近代化を進める。市場経済のメカニズムの中で、教育、社会福祉を高めていく。知る権利、参加する権利もそう。デモはそういう中間知識層の権利意識の表出である。」とこれに対し、阿南氏は、「実際は、そこまで、意識がいっておらず、大概は農民の生活に係る陳情や苦情が大きくなったデモが、一部暴動となったくらいで、あくまで、生活を維持するレベルでの意識。」と発言されました。また、日本の国連常任理事国入りに中国が反対したという件に関し、朱さんは、「中国は反対していない。」とし、そのあたりで、面白い外交交渉の裏話なども多少披露されたように思いました。

会場の参加者も学生と中高年の男性が半々のような感じでした。久しぶりに大学のキャンパスに入りましたが、結構、講演会やイベントなど、1日にいくつも開催されており、人の姿はまばらでしたが、たまに、こういう催しをチェックするのもいいかも知れないと思いました。

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2007年1月11日 (木)

告知ーJICAカフェ・フロンティアでのイベント

広尾のJICA地球ひろばにある「カフェ・フロンティア」との共催で、我々のNPOちきゅう市民クラブのイベントを2月27日に開催することが決まりました。

Urihan 我々の活動が任意団体として始まった当初からのオリジナルメンバー、モンゴル出身のウリハンさんがトップバッターで登場します。ウリハンさんは、尚美音楽学園短期大学で声楽を専攻、同大学社会研究コースを卒業後、TVや映像の制作・編集会社に勤務。現在は会社を経営しています。在学中は「アニー」など多くのミュージカルにも出演し、内モンゴルのTV、ラジオにも出演しています。1998年第九回在日留学生コンクールで歌唱賞を受賞。神奈川県立地球市民かながわプラザの留学生ボランティア「トーク・タイム」の創設オリジナルメンバーとして、音楽を通してモンゴルの文化をこどもたちに紹介し、国際交流活動を地道に続けています。今の我々のちきゅう市民クラブでも中心的なメンバーとして活躍しています。Sennjya 馬頭琴伴奏は、「蒼き狼」(角川映画)にも出演、音楽で馬頭琴を担当したセーンジャーさんです。

食事・ワンドリンク付きで2500円です。是非、皆さんご参加下さい。

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2007年1月 8日 (月)

ゆめちゃん登場 こどもの手

Yumechannenga07_6_1 はじめまして、けんちゃんの妹のゆめちゃんです。2歳9ヶ月です。なんでもおにいちゃんと同じでなければ気がすみません。でも二人とも仲良しです。

今日は、弟のコミックスの本棚の整理をすることにしました。棚はぐちゃぐちゃで床にも積み上げられていたコミックスを全部一旦だして、作品別にシリーズ毎に並べてしまうことにしました。けんちゃんは自分のおもちゃのお片づけは、やらなくて困りますが、こういうお掃除や片付けとなると一緒にやりたがります。

ということで、「はい、これは、『ドカベン』、別々に廊下に並べて。」というと、「はーい」とけんちゃん。

「けんちゃん、今度は『風のシルフィード』」「今度は『島耕作』」

「はーい。」

「けんちゃん、今度は『頑張れ元気』、あ、またあった『島耕作』」。。。とやっていると、

「ゆめにもちょうだい!」「ゆめちゃんは、できないでしょう。」

「できるよー」というので、ゆめちゃんも参加。

「はい、これは、『はじめの一歩』、こっちは『プレイボール』『ヤワラ』『美味しんぼ』『ツバサ』『巨人の星』。。。。」

「はーい」「また、あった。」

「今度は、しまいますから、順番に持ってきてくださいー。」

ということで、けんちゃんとゆめちゃんがお手伝いしてくれたお陰で、きれいに片付きました。こどもでも楽しみながら手伝ってくれれば、一人でやるよりもずっと早く片付いたようでした。とてもとても助かりました。

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2007年1月 7日 (日)

おばさん

ちょうど去年のお正月、実家に帰っていた時に、けんちゃんと郵便局へ行ったときのこと。郵便局は郵便窓口も送金のところも大変込んでいて小一時間待つことになった。当時5歳のけんちゃんがおとなしくじっとして待ってるはずはなかった。とは言っても騒ぐわけでも走り回るわけでもなかったが、立ったり座ったり、本を持ってきたり、チラシが置いてあるカウンターの下にもぐったり。。。

すると、私の隣に座っていた見知らぬおばさんが話しかけてきた。

「いいわね。お母さんと仲良しで」「何年生?」

(もちろん、お母さんではないけれど、いちいちそんなことも面倒くさいので)「まだ、保育園なんです。」とだけ言った。

「あらまーずいぶん大きいわね。」「保育園生なの、大きいわね。」とおっしゃるので、

「でも保育園でも特に大きい方でもなく、みんなこのくらいですよ。」と言った。確かに運動会やお遊戯会などで見る限り、みんなこれくらいの身長だ。

「身長何センチ?」

「さー。何センチでしょうかね。」

「。。。。。。。」

このおばさん、明らかに(あらやだ、自分のこどもの身長も関心がないのかね。)というような顔をしている。どうしよう。。。

田舎では、ちょっと、話しかけられて、返答しようものなら、延々と質問攻めにあうことになるので、最初に適当に返事をしていると、バツの悪いことになってくる。以前にもこんなことがあった。

とっさに、この状況は、まるで、サリンジャーの『大工よ、屋根の梁を高く上げよ』でついぞ新郎が現れなかった結婚式場から、新郎の弟が新婦の知人の乗る車に成り行きで乗り合わせてしまった時の車内の状況を思いおこさせた。

「甥なんです。」沈黙の後、ポソっと言い訳するわけではないが、無言の圧力に言わざるを得ない状況だった。

「あー。おばさんなの。そうなの。」納得したようだった。「そうなの。おばさんなのね。」。。。

その後もこのおばさんは、けんちゃんに何やかんやといろいろと話しかけていたが、けんちゃんは、まるで、何も聞こえないかのように、一人遊びに没頭していた。

そのうち、このおばさんの番号が呼ばれて、立ち上がって窓口の方へ行っってしまった。

しばらくすると、けんちゃんは、「あのおばさん、もう帰ったん?」

「そうね。いないみたいだから、帰ったみたいね。」

「よかった。」

「けんちゃん、おばさんがいろいろと話しかけてたのに、何で返事しなかったん?」

けんちゃんは、いつも大人ときちんと話しができる子で、タクシーに乗っても、教えなくても降りる時に「おじさん、ありがとう、さよなら。」と運転手さんに言うような子なので、「まるでお話しができない子みたいだったじゃない?」と聞くと、

「だってさ、けこちゃんのこと、おばさんなんて言うから、俺、頭にきたよ。」

ちょっと、嬉しくて、笑いそうだった。けれど、実際はどっちにしても“おばさん”なんだけどね。

けんちゃん、いつもありがとうね。

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2007年1月 6日 (土)

けんちゃんの作品ーボールペンのなる木ー

Pict0786_1 年末年始は実家に帰れませんでしたので、連休に久々に行ってきました。けんちゃんは相変わらず絵を描いたり工作が好きなようです。これは、「ボールペンのなる木」 だそうです。よしずに荷造り用のテープを差し込んでボールペンをぶら下げています。Pict0788_2

   作家:けんちゃん と 作品

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2007年1月 5日 (金)

名古屋にて

今回の名古屋では予想に反してうなぎを食べる機会がありませんでした。2日夜は、お弁当が出ましたが、ホテルでタイ風グリーンカレーを食べました。別々にルーだけ作った薄いグリーンカレールーに、軽く炒めた半生のキャベツや茄子を入れただけのものでちょっとガッカリしました。Pict0785 デザートには、ピラミッド型のオレンジチョコケーキ。これは大変おいしゅうございました。

翌朝は、ホテルの朝食バイキングでは、ホテル製のマーマレードやトマト、キーウイのジャムが美味しかったですね。

昼は、ホールでお弁当。

夕方は、コンサートの関係者の打ち上げでちょこっとお寿司をつまみ、その後、斎藤さんのファンの方々と焼肉屋へ。

翌朝は、朝食パスで爆睡。

東急ホテルの掛け布団が大変薄くて軽すぎて寒くて大変でした。今時、なんであんな薄い布団にしたのでしょうか。省エネに逆行するかのように夏の肌掛けよりも薄かったですね。中身はミクロファイバーかなにかわかりませんが。いくら枕に気を使っても、こんな薄物では、落ち着きません。1日目、部屋に常備されている毛布をかけても寒くて夜中に目が覚めてしまい、1:00から1時間寝ただけで、2:00から一睡もできなくなってしまいました。それなので、2日目はもう1枚毛布を持ってきて頂き、朝食もパスして眠りほうけました。食い気よりも眠気の日でした。

チェックアウトして、斎藤さんを駅で見送った後、昼は味噌カツ丼。

午後、区役所や市の文化事業団などへ営業して参りました。以前は名古屋の方は、ちょっとごっついというかつっけんどんのように感じたこともありましたが、今回伺いました役所の方々もタクシーの運転手さんも大変親切で感動すら致しました。しかし、午後はデパートの周辺が大変混雑し、人も車も多く、もしかしたら新幹線の時間に間に合わないんじゃないかとハラハラしましたが、この時のタクシーの運転手さんは、2車線を3車線で走り、信号で右折する車が何台も並んでいると左にウインカーを出して走って、右折する先頭の車の前に割り込んで、すっごい運転で「はい、10分前。」と駅に着けてくれました。ハラハラ、ドキドキ。。。名古屋はすッごい!

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2007年1月 4日 (木)

NHK名古屋ニュイヤーコンサート

3日に開催されたNHK名古屋ニューイヤーコンサートの仕事で2日より名古屋入り致しました。のぞみは混んでいるかと思いましたが、臨時列車だったらしくグリーン車は少し空いていました。ピアニスト斎藤雅広さんと一緒に名古屋駅から会場まで直行しました。リハーサルと言っても、オーケストラと1回半くらい合わせただけですが、そこはさすがに決まりました。

今回は、グリーグ没後100年及びシベリウス没後50年の特集プログラムで松尾葉子さんの指揮、名古屋フィルハーモニー交響楽団によるコンサートで、斎藤さんは、グリーグのピアノ協奏曲第一楽章を弾きました。

ソリストも他にバイオリンのアナスタシア・チェボタリョーワさん、オルガンのフレデリック・シャンピオンさん、クラリネットの赤坂達三さん、ソプラノの大須賀園枝さんと、それぞれが、リハーサルをするので時間も限られています。その他、オケだけの曲も7曲で、トータルで2時間以上のコンサートですから、お客様にとっても本当に盛りだくさんのお得な楽しいコンサートです。

3日の本番前も、楽屋では、あちこちの部屋からそれぞれの楽器の練習する音、歌う声などが、まるで、漫画の噴出しに音符や楽譜が流れ出ているような感じでした。一流の音楽家たちが、それぞれ、緊張した面持ちで出番を待つ様子、舞台袖での手に汗握る迫真の精神バトル・表情、それでも舞台にでれば、パッと全力投球でやり通す精神力とエネルギー、そして、アーティストとしての華。。。素晴らしい時間でした。オーケストラと指揮とソリストと観客と、そして、裏方のスタッフのエネルギーの昇華。この模倣は3日の夜11:00より中部7県で放映されましたので、ほとんど生放送に近い形で無駄なくカメラ割りもされ、スタッフの皆様の緊張感も集中力も大変なものであったと思います。このような場に新年早々立会い、感動をともにできたことは大変大きな喜びでした。

夜は、東京や愛媛からかけつけてくださった斎藤さんのファンの方々と斎藤さん、赤坂さんとともにTVの放送を拝見し、演奏家ご本人の感想や解説を聞きながら、2度目の感動を頂きました。

今回は「うなぎ」の「う」の字もありませんでしたが、どんなに慣れた方でも緊張し、その緊張感がはやり、精神力と集中力を養うのだと実感致しました。私が司会する時なども始まる前に多少緊張しますが、もっと緊張しないといけないと思いました。そういえば、大ベテランの歌手の方のディナーショーの仕事をした際にも、出番直前にまでも衝立の向こうで発声練習をし、年十年もそれこそ何万回も歌っていらっしゃる方でも大変緊張していたのを思い出しました。

フィギア選手や他のスポーツ選手もそうなんだろうなーと思う反面、本当は我々も1日1日をもっと緊張感をもって、やらなければいけないなと反省もしました。

全国放送では、19日深夜あけて20日の00:30よりNHKBS2「クラシックロイヤルシート」で放映されますので、ぜひともチェックしていただいて、録画予約してご覧頂けましたらと思います。

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2007年1月 1日 (月)

2007年明けましておめでとうございます

久しぶりに東京で静かに迎えるお正月。夕べは、お祭り気分を味わいにどこかのホテルのカウントダウンイベントにでも参加しようかと思いましたが、イマイチ気がすすまず、友人と静かに食事に行きました。いきつけの店に何軒か顔を出し、ご挨拶し新年を迎えました。友人は銚子に日の出を見に行くことになりましたが、私は、パス。以前鎌倉に日の出を見に行って、日が昇るまで明け方の寒空にずっと1時間以上もいたことで、大変ひどい風邪をひいてひどい目にあったのでした。念には念をいれてスキー場以上の防寒に備えたにも関わらず。。。それ以来、初日の出を見に行くなんていう暴挙は二度とするまいと決意したのでした。

ということで、友人の初日の出列車の時間まで、付き合うことにして、カラオケへ行きました。歌い初めですね。

友人を見送って、家に戻りました。駅も静かで、人もまばらです。恵比寿の辺りは1月1日は本当に静かです。31日の夕刻の賑わいは一体にどこへ吸い込まれたのでしょうか。とにかく、寝ることにして、2日からは名古屋ですので、今日はゆっくりその準備をすることにしましょう。

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