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2006年12月30日 (土)

深夜の郵便局

郵便局が24時間受付けているのをご存知でしょうか。もちろん都心の大きな郵便局だけですが、私は渋谷の宮益坂の郵便局をよく利用します。年末もなかなか年賀状の準備ができずに、まだ、終わりません。(というかやっと着手したところです。)第一便を出しに来て、足りない分の年賀ハガキを購入しました。さすがに年末、長~い列になっておりました。

郵便受付を24時間やっているというのを知ったのは、実は大学院時代で、先日結婚した若い同期生に教えてもらいました。レポートの締め切りや研究計画書の締め切りなどが何日消印とか、何日必着という時に、近くの郵便局ですと、18:00で受付終了です。でもここへくれば、消印であれば、24時までOKです。仕事をしながらの身には、この6時間の猶予はなによりもありがたく、6:00に仕事が終わってから締め切り間際に集中してレポートを書いたり、研究計画書を書いたりしました。郵便局には作業をするスペースもあり、ここで、切ったり、貼ったりの作業もできます。時間が分刻みの勝負になりそうな時には、一式持ち込んでここで作業をしたこともあります。(あーいつもギリギリの人生!)

今でも、急ぎの請求書や資料など、昼間どうしても郵便局によれなかった時などは、夜中12時ころにここに来ることがあります。宅急便も営業所はこんなに遅くまで受付けてくれるところは近くにないので、一旦パジャマに着替えた後でも、そうだと思って着替えてやってくることもあります。電車を一駅ですが、頑張れば歩ける距離です。よほど遅い時には、タクシーを使ってでも来ることもあります。

夜中の郵便局には、ドラマもあります。赤ちゃんをあやしている若いお母さんの傍らで、履歴書をひたすら何枚も書いている旦那さん。たぶん、地方にいるお子さんにでしょうか、食べ物を送るお母さん。。。

年末はまた、特別な賑わいですが、普段の特に冬場の深夜の郵便局には本当にドラマがあります。

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2006年12月29日 (金)

エジプト外交官宅でのホームパーティー

Karuku774 Nさんのお宅でのホームパーティにご招待頂きました。お客は、三人だったのですが、10人分くらいのたくさんのご馳走を多種類ご用意いただき、感謝感激。モロヘイヤスープは、上野の美術館のレストランで逃しましたが、ココで頂けました。Pict0777 昨年他界されたアラブ研究者の阿部先生がいつもお顔がツヤツヤで、年齢よりも20歳くらい若く見えましたが、「モロヘイヤを食べているから」といつもおっしゃっていました。私もシチューやスープに入れたり、炒め物に入れたりしていますが、さすがに本場の方に作っていただくと美味しいですね。

Karuku0765 いつも写真を撮るのを忘れてしまうので、お料理の写真はほとんどありません。オクラと牛肉のトマト煮、エジプト風ハンバーグ、チキンのトマトオーブン焼き、ラザニア、ピタ(パン)、サラダ、デザートはプリンとフルーツ。

お皿にたくさんお料理をよそって下さるので、頑張って食べると、まるでわんこそばのように、気がつくとまた、たっぷりよそってくれるので、たくさんたくさん食べてしまいました。さらに、たくさんご用意いただいたお料理は、それぞれ、お土産にしてくださいました。とても美味しかったこともあり、会話が楽しかったこともあり、本当にこの日で2キロくらい増えてしまいました。

Pict0779 頂いたお土産の一部は翌日の昼食に。他にチキン、ピタなども頂きました。

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2006年12月27日 (水)

JICA広場 もちつき納会

Karuku754 一昨晩は、NPOの仲間たちとの忘年会を電通クラブで行いましたが、今日は、広尾のJICA広場でのもちつき納会です。NPOの仲間たちと参加しました。もちつきにも参加できるのかと思い、張り切って半そでで参加しましたが、もうJICAの方々がもちをついて、からみ餅、いそべ餅、きなこ餅、小豆あんこ餅、緑豆あんこ餅、甘酒、お茶を用意してくださいました。食べ放題、飲み放題で500円。といってもそれほど、飲んだり食べたりできるものではありません。Karuku752 他にカフェ・フロンティアの牛肉とアボカドのサンドイッチやフライドチキン、フレンチフライなどのスナックと他の飲み物は別料金で飲食できました。私は各種おもち2個づつ、合計8個(食べすぎだと言われましたが、1ケが小さいので、量はそれほどありません)と甘酒1杯(これが、粒粒で美味しかった)。他に牛肉とアボカドのサンドイッチも食べてしまいました。

Karuku755 JICA広場の所長はじめ職員によるバンド演奏と歌、JICA本部の職員バンドなどが会場を盛り上げました。クリスマスソングから、クイーンの曲まで、レパートリーもなかなかでした。Karuku762 クイーンの曲では、バイオリン奏者がソロの聞かせるパートで、わざわざ前に出てくるパフォーマンスに私も思わず歓声を上げて拍手喝采してしまいました。

O先輩も参加され、楽しい一夜でした。なかなかJICAさんも人材がそろっていますね。

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2006年12月25日 (月)

サンタクロース

我々がこどもの頃は、サンタがいるかいないかなどそれほど重要ではなく、クリスマスプレゼントは、親が買ってくれていたことを誰もが知っていたし、そんな「夢」を共有できるほど心の余裕がなかったのかもしれません。ですが、今は、サンタがいないなどと言おうものならもう大変です。

特にアメリカ人にとって、クリスマスとサンタクロースは、ことのほか大事なようです。それは、多くの映画やTVドラマなどに描写されていることからもよくわかります。しかも以下のようなプロジェクトまであるのですから。

サンタさん追跡情報

ですから、こどもにサンタクロースはいないと思わせたり、言ったりすると、ものすごく非難されます。「アリー マイ ラブ」の中では有罪になっていたような。。。

弟夫婦も上記のサイトをいつもチェックし、サンタが今、どこどこ上空を通過したとか言って、気分を盛り上げ、いつも寒い中チャイムを鳴らしてプレゼントを玄関において、「サンタが来た」と演出しているようです。

私は、今年の初めのこの出来事で、けんちゃんは、どう思っているのかなと気になっていました。

あの後、「アシュリーちゃんはどうしてけんちゃんちがわかったんだろう。」

「今度、お礼を言いにアシュリーちゃんのお家に行きたい。」などと言っていたので。

24日にクリスマスプレゼントをけんちゃんにあげた時、

「サンタさんから?けこちゃんから?」と聞かれて、とっさに返事ができなかったのですが、「けこちゃんからでしょ」というので、そういうことになってしまいました。

けれど、「サンタさんは明日来るんだよね。」と言っていたので、まあ、サンタを信じているようで、アメリカ的に言うと良かったということになるのでしょうね。

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2006年12月24日 (日)

クリスマス プレゼント

けんちゃんが、今年の初めに保育園でお友達に仲間はずれにされたと母から聞いた時、けんちゃんは、何も言わなかったけれど、さりげなくプロジェリアという病気とアシュリーちゃんの話をした。

アシュリーちゃんの本には写真もでている。プロジェリアという何倍もの速度で年をとってしまう病気、それによって、髪は抜け落ち、視力も衰え、こどもなのに身体はおばあちゃんになってしまうこと。

けんちゃは、写真をみて、「女なん?」と性別がわからないようだった。

「そうだよ。女の子だよ。」

中には、心無いこどもや大人までもが、アシュリーちゃんの外見をけなしたり、意地悪したり、仲間はずれにしたりする人もいるようだ。しかし、アシュリーちゃんは、とても冷静で思慮深く優しい性格だ。「私はプロジェリアという人よりも早く年をとる病気なだけ。」「家族も仲良く、私はとっても幸せよ。この幸せを皆にも分けてあげたい。」とクリスマスにはたくさんプレゼントを買って、老人ホームなどに届けているのだそうだ。そう話すとけんちゃんは、

「プレゼント配ってるん?」  「そうなんだって。」

「アシュリーちゃんが?」   「そうだよ。やさしいね。偉いね。」

「アシュリーちゃんが?」   「そうだよ。」

「。。。。。。」

「あー、やっぱり、サンタクロースはいないんだ!」

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2006年12月22日 (金)

大学のゼミの先生を囲んでの忘年会

イヤーイヤー、今日は大学のゼミの先生を囲んで、少数精鋭(先生+4名)の忘年会。本当は、大御所の先輩方が、男性だけで、先生と忘年会ということのようでしたが、私だけ、呼んで頂きました。S先輩いわく、「大食漢の君にたまには食わせてやらないといけないからね。何でも好きなものじゃんじゃん頼みなさい。」さらに続けて、「今日は、先生、男同士の話しもたまにいいもんだとおもいましてねー」(あれ?私は、男の部類に入っているのか、透明人間なのか。。。)ということで、アンコウ鍋、金目鯛の煮付け、トウベイ、豆腐、かき揚げ、きんきのカマ、お肉も何か頼んだような。。。なんだか、もう他は忘れてしまいましたが、たくさん注文いたしました。

大学を卒業して早ウン十ウン年。ゼミのOBもおそらく400人以上はいるのだと思いますが、我々の前後5年くらいのOBOGが結構仲が良く、毎年、夏には温泉で先生ご夫妻を囲みOB合宿をしています。私とO先輩は、万年幹事です。

いつも先生が「百年の孤独」という焼酎を用意してくださいます。今回もS先輩が持ち込みOKの交渉をお店にしてくださいました。私は飲んだことがないのですが、大変高価な焼酎で、なんと言ってもそのネーミングが中高年の心にグッとくるのではないかと思います。

「百年の孤独」は、ご存知コロンビアのガブリエル・ガルシア=マルケスが1967年に発表し、その後、大江健三郎はじめ多くの日本の作家にも影響を与えたともいわれています。ガルシア マルケスは、その後、1982年、ラテンアメリカで4番目のノーベル文学賞を受賞しましたね。

焼酎ということで、飲まず嫌いでしたが、次回は、私もガルシア マルケスをおもいながら、試してみようかとおもっています。

我々のゼミは、ディスカッションが中心のゼミだったので、だれもが話し出したら、いくらでも話しが盛り上がってしまいます。毎年のOB合宿で、参加者20名ほどが、順番に近況報告などをするのですが、遠慮がちにしていても、それでも、近況報告だけで旅館の宴会時間が終わってしまうような感じですから、少数精鋭の忘年会ともなれば、その勢いといったら大変なものです。先生の精力的な執筆や新聞の取材、TVでの講義のことから、政治の裏側にまつわる様々な興味深いお話しを伺いながら、皆が身を乗り出すと、営業接待の日々のS先輩は、「それで、社長どうなったんですか。」とつい、先生に向かって、「社長」と言ってしまい、大笑い。私も先生の隣に陣取って、細大聞きもらさずと必死にへばりついている感じが、これまた可笑しかったらしく、先生も大笑い。

6:30から始まった忘年会も気がつくとアッという間に10:00を過ぎていました。話しがいいところで中断してしまったので、その続きは、2月頃にまた合宿をして、そこで、ということになりました。

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2006年12月21日 (木)

12月のホテルイベント報告

1221p 今年最後のホテルイベントは、ゲストに東京農業大学教授で食通としてもスローフード提唱者としも著名な小泉武夫先生でした。もう、笑いの連続、どうして小泉先生のお話は、こんなに楽しいのでしょうか。ずっとお話しを伺っていたいところでしたが、卓話ですので、20分くらいでした。まあ、もっと聞きたいという一番いいところだったので、大変大変盛り上がりました。以前にNHKでも放映された生協の創立50周年記念の食のシンポジウムの企画・構成を書かせて頂いた際にも、小泉先生にはパネリストとして、ご参加頂きましたが、あの頃よりも数段バージョンアップしておりました。

続いて、湯川れい子さんと一ツ橋大学の米倉誠一郎先生にもご感想を頂きました。湯川さんは、遠めでも近くでもお美しく、音楽評論や作詞活動のほかにも様々な社会活動もされており、先輩女性としても素晴らしい方です。米倉先生もなかなかダンディーというか、ちょっとキザですが、日本の大学の先生も変わってきたなーという感想が会場からもありました。

Karuku0722 今回も大変順調に和やかな雰囲気で余韻がいつまでも残りました。このサロンは、ちょっと休憩をいただいて、来春からまた継続する予定になっています。

Chouseikaruku702 私も今回は、年末ということもあり、着物で伺いました。下村満子さんからは、「どうしたの。今日は、ずいぶんあでやかで芸者さんみたいね。」と言われてしまい、「エー芸者さんですかー」といいましたら、「芸者さんじゃ悪いかー」と芸者さんに悪いようなことを言いました。

1221menu 今回の科学的な実証値は、300Kカロリー、塩分2.1グラムでした。

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2006年12月20日 (水)

City of Tokyo  Tokyo Bay Platinum Club Party

この時期は、結構忘年会やパーティーが続きます。昨晩もパーティーがあったのですが、ちょっと仕事が終わらなそうな感じだったので、キャンセルしました。今日は、カナダ大使館の地下にあるCity of Tokyo で開催されたTokyo Bay Platinum Clubのパーティーに参加しました。先日のエジプト大使館のパーティーにも来てくださった友人にお誘い頂きまして、参加しました。ドレスコードに「フォーマル」とありましたので、ベルベットのロングスカートをはいて行きました。日英協会などのアニュアル・ディナーなども「ブラックタイ・フォーマル」と決まっているので、そういう時、女性は結構困りますが、ロングスカートか着物で出れば、間違いはありません。今回も着物にしようかともおもったのですが、時間がなかったので、洋装にしました。

Karuku5 Karuku00115 Karuku0694 Pict0695

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City of Tokyo でも再開

ここでも、再開がありました。今でも親しくしている友人James は、現在、サンフランシスコに移住してしまいましたが、彼が日本で会社を経営していた際、そこにいらっしゃった方と再会しました。多分、1、2度しか会ったことはなかったようなので、お互いに顔を覚えていませんでしたが、名刺交換の際に、「この名刺、持っています。僕、Jamesの会社にいたんです。」と言われてビックリしました。さっそく、記念写真を撮って、James に送ることにしました。Kobasan

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2006年12月18日 (月)

またまた縁ある再会

今日は、久々に赤坂ザ・タージで会食。美味しいものをデザートまで、お腹一杯食べて、楽しいおしゃべりをして過ごしました。余韻さながら、冷たい風に誘われて、乗り換えに戻った日比谷で降りて、もう一人の友人といつものコリドーのHUBへ立ち寄りました。もちろん、風邪が抜けていないので、ここでは、アールグレイを飲みました。

しばらくおしゃべりしていたら、後ろの席の集団が帰る際に、一人が後ろから「あれー」と声をかけてくれました。

ビックリ!、昔銀座にあった例の都倉俊一が会長を務める企画会社の時の同僚Oさんでした。彼も転職して北区の職場に勤めていますが、今日は、たまたま接待で銀座に来たとのこと。

Oさんとは他にもご縁があって、彼の結婚式にでたら、私の父の同級生の国会議員の奥さんが列席しており、なんでーと聞いたら、ご両親の実家が私の出身地と同じで、さらに母親同士は高校の同級生。しかも私がこどものころから「ママの友達で、こういう人がいるんだよ」と何度も何度も母からおかしいエピソードを聞かされていたその人だったのでした。同じ会社にいても、それまで、そんな話しをしたこともなかったので、その時も相当ビックリしました。

Oさんも昨日、お母さんの年賀状のプリントを手伝っており、その中に私の母宛てのものを発見して「どうしてるかなー」とちょうど、わたしのことを思い出していたとのことで、私以上にビックリしていました。「ヤッパ、縁があるんだよ。」と何度も言っていましたし、私もそう感じて、ちょっと嬉しくなりました。

お互いに銀座の会社を離れて15年くらい経ちますが、その後、私が長嶋茂雄の財団にいた時も、彼にカールルイスの番組制作を手伝ってもらったり、Oさんの会社主催の業界の大きな国際学会の際は、私のほうが仕事を頂きましたが、ここ8年くらいはご無沙汰していました。

そういえば、その時の仕事の予算とこちらの見積もりとの差額があって、彼に「貸し」ということになっていたので、その件を忘れることなく、ちゃんとリマインドしておきました。

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2006年12月17日 (日)

ニューイヤー コンサート告知

Nhk_3_1 年明け3日には、NHK名古屋のニューイヤーコンサートに斎藤雅広さんが司会兼ピアニストとして出演します。グリーグ没後100年及びシベリウス没後50年の特集プログラムで松尾葉子さんの指揮、名古屋フィルハーモニー交響楽団によるコンサートです。斎藤さんは、グリーグのピアノ協奏曲第一楽章を弾きます。他にクラリネットの赤坂達三さん、バイオリンのアナスタシア・チェボタリョーワさん、オルガンのフレデリック・シャンピオンさんも出演され、ニューイヤーにふさわしい豪華な布陣です。愛知県芸術劇場コンサートホールで午後4:00から開演です。

私も2日から名古屋に一緒に伺います。こりゃーうなぎツアーになりそうですね。

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2006年12月16日 (土)

風邪の時は酸辛湯も

Suratan 風邪がなかなか抜けません。薬を飲まないといけないので、結構ちゃんと3度3度食事をしてしまいます。辛くて温まるものとして酸辛湯もなかなか風邪の定番メニューです。

辛いものを食べるとその後のデザートは欠かせません。ということで、毎日デザートです。

成城石井のチョコムース(写真の前に食べちゃった!)とかぼちゃプリンPict0691 は、スーパーで扱ってるものの中では、かなり本格的で美味しい方です。夜遅く買いに行くので、ケーキ屋は開いていないので、スーパーでこれくらいの味のものが買えるのはうれしい。

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2006年12月15日 (金)

ピッコロバイオリン奏者セドゥスさんとの出会いの縁は~

Sedf_mainichi 今年の5月にご縁あって、世界でただ一人のピッコロ・バイオリン奏者、セドゥスさんに巡り会いました。

セドゥスさんを紹介してくださったのは、これまたご縁ある電気通信大学のH教授でした。ということで、乞われて、セドゥスさんの日本でのマネージメント、プロモーションを担当することになりました。それで先日、毎日新聞に取材していただきました。

来年の5月にツアーをする予定です。既に5箇所でのコンサートが決まっています。

この電気通信大学のH教授とは、例の地球物理学の国際学会(私が中国からの先生に天安門事件のことを質問した時)の運営の仕事で初めて知り会いました。もうかれこれ、16、7年くらい前でしょうか。当時この先生は名古屋大学の先生でした。この会議に参加されていたフランスの先生が、夜、ディスコへ行きたいというので、ディスコにご案内しました。当時は、ジュリアナができる前で、レキシントンクイーンが行きつけだったような。。。そこで、大いに盛り上がりました。うるさい音楽が流れる中でフランスの先生は色々とプライベートな話しを耳もとで話されました。「19歳で学生結婚した。」「けれど、若すぎたので上手くいかず、今は2度目だ。とか3度目だ。」とか。それで、私は、私の次に座っておられたH先生に伝言ゲームのように、「。。。だそうです。」と律儀に内容を逐一伝えました。

「君ー。ソリャー聞き過ぎだろう。」「いえー。私は何も聞いていないんですが、フランスの先生が自分からいろいろと話してくれるんですよー。」フランスの先生はおしゃれで、フランクでユーモアのセンスもあって、日本の”大学教授”や”研究者”のイメージとは全く違うタイプだったので、私にとっては、これまた新しい地平が開けたワクワクするほど楽しい夜でした。なんたって、会議の後、レセプションの前のちょっとした間に、ネクタイをパープルの蝶ネクタイに代えるという洒落モノでした。

とにかく、ディスコでは、地球物理学に関する各国からの先生方10名ほどが打ち解けて、結構知的で洒落たおしゃべりを楽しみました。当然ながら、当時はそういう時代だったので、大いに踊りまくりました。名古屋大学のH先生は、その際「東京はええなー」「東京はええなー」としきりに何度も何度もおっしゃっていました。

その数年後、H先生は電気通信大学の先生となって、東京へいらっしゃいました。有言実行、素晴らしい!(そういえば、一度四国のほうの大学教授とのお見合いの話しも持ってきてくれたこともあったような、、、もちろん話しだけで終わりましたが。)そして、何と更に数年後には、私のところからわずか5分のところに偶然引っ越していらっしゃいました。今も時々、夜遅く近くのスーパーなどで偶然お目にかかることもあります。先日は、最後の牛乳が3本で、先生の奥様が3本ともかごに入れようとしたのですが、「私も牛乳買いに来たんです。」と言って、1本分けて頂きました。H先生のお宅もどうやらシチューのようでした。

ちなみに、フランスの先生ともいまだに時たまメールのやり取りなどもしており、14年くらい前にフランスへ行った時も、8年位前にフランスに行った時にもお目にかかりました。

いやー出会いって面白いですね。

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2006年12月14日 (木)

伊勢定での群馬県人会忘年会

昨晩は、群馬県人会のグルメの会及び文化会の合同イベント及び忘年会がありました。一部が山種美術館(館長が群馬県人)での千住博さんの展示会鑑賞。2部が伊勢定での忘年会ということでした。時間の都合で一部は、参加できませんでしたが、2部の忘年会だけ参加しました。いろいろな事情で、知らないうちに群馬県人会の理事になってしまっていたのですが、なったからには、それなりに務めを果たさないとという思いもあって、できる範囲でなるべく参加するようにしています。実は、ふるさとは東京から、1時間半から2時間のところですし、はじめは、今時県人会もないだろうという思いもありました。が、結構参加してみるとなかなか楽しいのです。血縁関係のない諸先輩方がまるでお父さんやお姉さんのようにかわいがって下さいます。また、母の従弟とか、父の同級生とか、母の従弟の旦那さんとかと同級生とか、先輩とか思わぬところで、繋がっていたりする方々もいて、自分の家族でも母の従弟とかその先になると、自分では把握していなかったところが明らかになったりして、ルーツの発見になったり、地域や家族や学校に対する愛着などが不思議にふつふつと芽生えてきます。

この日も素敵な方々との出会いがありました。一人は人形作家の方でした。お着物を粋にお召しになって、ただものではないオーラがありました。旦那さまは化学の教授ということで、CSSIの仕事の話題でつながりました。また、息子さんがバイオリニストでドイツにいらっしゃる方もいて、こちらも音楽の話で盛り上がりました。

さて、伊勢定と言えば三越の前にある有名なうなぎやさんですが、ここのオーナーのご両親が群馬出身ということで、現在のオーナーも群馬県人会に入っていただいてグルメの会の会長さんをしてくださっているようです。オーナー肝いりのコースメニューは、大盤振る舞いの感もあり、大食漢の私も食べきれませんでした。先付から、お造り、お椀、煮物、うなぎの白焼、玉子巻き、酢の物、最後にうな重。Pict0690 アットいう間に時間が経過してしまいました。ほとんどは大先輩方で、私よりも若い方が一人だけお母さんの代理で参加されたのですが、この方が隣だったので、さらに打ち解けて楽しいひとときでした。

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2006年12月13日 (水)

エジプト大使との面会

今日は、先日のパーティーのお礼のご挨拶をしに、エジプト大使に会いに伺いました。大使は、「とてもよいパーティーで参加者が皆さんとても素晴らしく英語も上手で、NICE PEOPLE。あなたがNICE PERSONだから回りにNICE PEOPLE が集まる。ことわざにもあるじゃないか。」と過分なお褒めの言葉を頂きました。これもひとえに13年間継続してきたパーティーパーティー会の賜物と皆様に感謝致します。本当に他のパーティーとは違って、アットホームで一人で来ても昔からの友達のように誰かが声をかけて、引き込んでくれるそういう雰囲気にあふれています。パーティー三昧のTさんは、12月5日には、4つもパーティーのご案内が重なっていたようですが、他でもなく、うちのパーティーに参加してくださいました。本当にありがたいことです。

さて、大使は、今日もお忙しく、私の後のアポの人たちが私より先に来て待っていたので、すぐに失礼しようと思ったのですが、少し余計に時間をとってくださいました。以前、私が秘書をしていた国会議員の中山太郎先生が、現在、日本アラブ対話フォーラムの座長になったということで、そういう政治の話しなども少ししました。バドル大使は、カイロ・アメリカン大学の国際政治学の教授でもあります。ちなみに、私も学部の時の専攻は、国際政治学でしたの。

帰り際に結婚の話題になり、「なぜ独身なのか」と聞かれ、私の方が「なぜ」と聞きたいくらいでしたが、大使は「まだ、大丈夫。」とそこだけ日本語で大変力強くおしゃってくださったので、けんちゃんの言葉とダブって、手に持っていたコーヒーをこぼしてしまいました。皆心配してくれるのねー。

よくわかりませんが、大使は「エジプトだったら、70%は大丈夫」とおっしゃいました。

かたがた、いざ、ともに来年はエジプトツアーに参りましょうぞ。

大使は、いつものように笑顔で部屋の外まで送ってくださいました。

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2006年12月12日 (火)

日本プロセス化学会

11日夕方、江戸川区の船堀で「日本プロセス化学会」の学会と懇親会がありました。私は、東京で開かれる時だけ、懇親会にのみ出ることにしています。これは、CSSIの仕事の関係で参加します。この会は研究者や製薬会社、食品などのメーカーやエンジ会社などの主に研究畑の人たちが参加します。ここで、名刺交換をするとほとんどの方が工学博士、農学博士、理学博士です。そういう人にモノを売るので、そういう人がどういう研究をしているか、業界はどうなっているかをある程度把握していなければなりませんので、普段からその分野にもアンテナをはっています。

昨年は、アフリカや中国からの留学生が博士号をとって、そのまま日本の企業の研究所に就職したような方々も参加され、大変国際的は雰囲気でした。

私のこれまでの仕事だけでは、出会わない人に出会い、知らない分野の最先端の情報を学べます。また、日本の産業や経済のことが、立体的につながりが見えたりしますし、大げさに言えば資本主義の何たるかを考えさせられます。

メーカーでも宣伝部は億単位の予算があり、著名なスポーツ選手との契約等に莫大な予算をとりますが、一方、同じ会社の商品を作る大元の研究所では、桁違いに予算がありません。一時期、工場での爆発や事故が続きましたが、メンテ費用もあまりかけられていないように見えました。工場を訪ねるとパイプも器具も建物も結構年季がはいってるような感じでした。さらに言ってしまえば、たたいてたたいた予算で、危ない仕事を下請けの外注にだしたりしています。放射性物質を手で扱ってたようなケースもありましたよね。

工場や研究所では、それこそ、博士号を持つ人たちが朝から晩まで3食とも社員食堂でとりながら、働いています。青色発光ダイオードの訴訟問題もありましたが、研究者たちの待遇は、あまり良いとは言えないようにも思います。また、あるメーカーでは、農学博士が営業をやっているところもあります。

私がショックだったのは、カシオのような会社が、工場は経費がかかるのみで利益が見込めないからと、社員ごとアメリカの企業に売却してしまった時でした。(しかし、逆を言えば、そういう会社を買って、なお利益をだして、さらによそへ売ってしまうようなアメリカ企業の才覚には、驚かされます。)

最近は、少し、景気が上向いてきたようなので、企業も工場やものづくりの現場に設備投資をかけ始めているようにも思いますが、私には良いモノが先にあって、モノが悪ければいくら宣伝しても売れないと思うのですが、どうも大手企業は宣伝にプライオリティーをおいているようにさえ感じることがあります。

これは、消費者ももっと、企業活動をウオッチするべきではないかとさえ思います。人気者がCMにでてさえいれば、消費者はその商品を買うのでしょうか。現在は、そういう消費者が多いから、そういう構図ができているのでしょうね。

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2006年12月11日 (月)

ギリギリの人生

2日半、しっかり寝て休んだにもかかわらず、相変わらず、微熱と喉の変調が続いています。と言って、そうそう休んでもいられないので、今日も相変わらず、貧乏暇なしです。いつも締め切りギリギリまで、原稿の直しを入れていたり、打ち合わせに出るギリギリに印刷が終わるのを待って、あわてて外出するような日々に、さよならを告げたいと思うのですが、貧乏症なので、治りません。

実は、もう何年も前になりますが、修士論文を書いていた時、後1週間あるんだから、もう少し書いちゃおうとか、中身の手を広げてしまったために、最後のまとめのところ、特に注釈や参考文献の整理が大変で、思いのほか時間がかかってしまいました。しかも、ほとんど24時間PCもプリンターも働いていたので、PCはいきなり、スースースースー文字が消えてしまう変な動きをしてしまって、私も動揺してしまって、あわてて対処したために、部分的に消去されてしまいました。その結果、図や線がズレまくって、その修復にも時間がとられました。また、PCも印刷可能な容量を超えてしまったのか、印刷すると文字化け。画面はちゃんとなっているのに、印刷すると文字化けという状況で、もう、提出締め切りの当日まで、印刷が間に合うか間に合わないかという感じで、キンコーズも聞いたら、そういう人が一杯で順番待ちとか。。。。もう本当に冷や汗がでて、胃もいたくなってくるし、倒れそうになってしまいました。博士号をもっていて、私の大学院生活を応援してくれていた友達に電話をして「もう、ダメだ!間に合わない!もう1年だ~」と言ったら、「バカ!諦めるなー。ギリギリまでやりつくせ!這ってでももっていけ!早くしろー」と言われたので、間に合わないかもしれないけれど、努力してみようということで、電車の中でも足踏みしてるくらい、焦って急いで死に物狂いで本当にギリギリで持って行きました。しかも、製本して提出しなければならなかったのですが、大学の売店の製本機がそういうときに限って壊れていて、今日は製本できないと言われてしまったのです!どうしようーとおもったのですが、考えている時間もなく、しかたなく、輪ゴムでとめて教務課へ提出しました。担当者は、せめてホチキスで留めるようにと言って、奥からホチキスを持ってきて貸してくれたのですが、ページ数が多すぎてホチキスでは留められません。それでも気が焦っているので、「やってみます。」とは言ったものの、どう考えてもこのホチキスの高さにこの分量の紙が入るはずはありません。どうしようと焦りまくっている隣で同じ研究科の男の子がニヤニヤ。。とりあえず、ファイルを購入してきてファイルに綴じて提出しました。

なんとか、セーフ。この時の反省は、人生80%を心がけようと思ったのでした。しかし、その後も貧乏症は治らず、あと10分あるから、これできるかもとか、1本電話しちゃおうとかいうと、いつもギリギリになってしまいます。また、こちらは早く準備して早く出ようと思ってると、そういう時に限って、ややこしい電話が入ってしまったりして、いつもギリギリであわてて出て行くから、忘れ物もしてしまう。。。。

今、修論真っ只中のえあろさん、久美ちゃん、頑張れ~。早め早めを心がけて下さいね。

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2006年12月 9日 (土)

声が出ない~

今日は、本当は、実家に帰る予定にしておりましたが、朝、すごい熱と喉のイガイガが苦しくて、声が出なくなってしまいました。実は、昨日から変な声になってしまっていたのですが、何しろ、喉の辺りがイガイガして喘息っぽく苦しくなってしまいます。

実家に電話して今日は、そういうわけで帰れない旨伝え、いよいよ中央厚生病院の耳鼻科に行きました。いつも、ちゃんとマイクロカメラで鼻から喉まで、見てくれますし、薬もたくさん出してくれました。薬がもちろんいい訳ではありませんが、早く治るんだったら何でも飲みますっていう感じです。

クラリス錠、タリオン錠、ムコダイン500㎎、メジコン錠、どれも馴染みの薬です。そして、胃薬のセルベックスカプセル。

以前、ムコダイン500mgが先生の処方でしたが、薬局が間違って250mgを出していたことがありました。家に帰って、食事して薬を飲んでいて、そこで初めて気がつきました。これは、間違って弱いのが出ていたからまだいいようなもの、これで、間違って強いのが出ていたらと思うと結構問題だなーと思いました。

それで、今回は、ちゃんと薬局で、薬剤師に言って内容をダブルチェックで確認しました。

祖母が生前、やはり血圧下げる薬やいろんな薬を飲んでいましたが、たまたま実家に帰った時、食事を運んであげて、みていたら、あまりにもたくさんの薬を飲もうとしているので、そんなに飲むのと聞いたら、「朝、飲むのを忘れてしまったので、その分も飲む」などと言っているので、ビックリして危ないなーと思ったのですが、お年寄りなどが間違って、強いのを出されて、しかも2回分、一緒に飲んじゃったりしたら、それこそ、具合が悪く大変なことになるかもしれませんよね。

ということで、今日はやらなければならないこともたくさんあるのですが、観念して寝て過ごすことにしました。

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2006年12月 8日 (金)

JICA広場イベントバイオリニスト劉薇さんのコンサート

先輩が勤務する「JICA広場」。ここのカフェ・フロンティアで開かれるイベントに夕方参加しました。

「文革時代の困難を乗り越えて音楽への道~中国ゴビ砂漠育ちのバイオリニスト劉薇氏によるトーク&演奏」

本日のゲストでありますバイオリニスト劉薇さんは、ゴビ砂漠を3時間かけて、黄土の中、毎週1回電車にしがみついて、バイオリンを習いに行き、文革時代にお父さんが作ってくれた子供用の改良バイオリンで周囲に気づかれないように、音を出さずに練習したり、楽譜もお父さんが手書きで写して、苦労してレッスンを続けてきたそうです。

ちょうど、JICA広場では、砂漠をテーマにした講演会を連続開催しており、その流れのイベントです。なかなか珍しいお話を伺うことができました。曲も中国の曲、日本の曲、クラシックの曲といろいろと聞かせて頂きました。弦の音というのは、温かくていいですね。

実は、10月のホテルイベントのサプライズゲストとして二胡をひいてくださった方は、この劉薇さんのお父さんだったのでした。

劉さんにそんことを話すと大変驚いておりました。

日本の芸大で博士号を取得し、日本でバイオリニストとして活動する劉さん。是非頑張っていただきたいと思いました。

Menyu_7 このイベントの参加費は、軽食、飲み物つきで1500円。食べ物はあまり期待していなかったのですが、これが美味しく大満足。偶然にもエジプトのパン、アエーシとホンモスがオードブルに出ました。食事はアラブ風ドライトマト入りピラフとグリルチキン、白いんげん豆のサラダ、レンズ豆入りトマトスープ。これに好きなドリンク1杯つき。2杯目からは別料金。これで、お話しと音楽が聴けて、とても、リーズナブルというかお得なイベントでした。

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2006年12月 7日 (木)

鍋いろいろ

なんだか、風邪がぶり返したというか、さらに悪くなったようです。夕方銀座で会食がありましたが、今日は、お鍋のお店にして頂きました。

しゃぶしゃぶ、すき焼き、とんこつ塩、キムチ鍋からキムチ鍋を選びまPict0026Pict0027 た。牛肉はオーストラリア産、野菜は国産の様々。にら、ねぎ、タマネギ、春菊、キャベツ、白菜、水菜、ほうれん草、みまつ菜、えのき茸、にんじんなどなど。なかなか、新鮮な食材でキムチプラス味噌のこってりした美味しいスープでした。最初は辛かったので、すき焼きのように卵を使いましたが、そのうち野菜の水分で味がちょうど良くなりました。

Pict0025 美味しいお鍋で、お腹一杯になり、身体も温まりましたので、気分良く、もう一軒コリドー街のHUBに寄ってしまいました。風邪なのに。。。

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2006年12月 6日 (水)

またまたシチュー

ああー、夕べのパーティーは大変でしたが、とても楽しいものでした。また、癖で反芻してしまうと、反省点も多々ありますが、皆さんから、すっごく楽しかった、良かったといっていただけたことは何よりの喜びです。今日もというか、夕べの11:00頃から続々メールを頂きました。今は携帯メールなので、帰りの電車の中から、メールを下さった方々もいらっしゃいました。

今日は、仕事関連の印刷物の校正などに追われながらも、私もお一人お一人に(ご同伴の方は代表の方に)お礼のメールをお送りしました。全員に送り終わるには、数日かかりそうです。

夕方から、なんだか熱っぽくなってしまいまいました。どうも風邪の封じ込め作戦が功を奏していないようです。やはり、「音と空気」の耳鼻科では、なく、中央厚生病院の耳鼻科へ最初から行くべきだったかしらと反省したものの、今日も明日も行けないなーと思いながら、そうだ、そういう時にはシチューだよ!ということで、今日はシチューを作りました。

Pict0686 今日のフィーチャーは黄色人参とオレンジ人参。ジャガイモは北あかり。ちょっと黄色くて型くづれもしにくく美味しいですね。それから、モロヘイヤと小松菜も刻んで入れてみました。

他は定番のにんにく、タマネギ、ベーコン、鶏胸肉、カリフラワー、ブロッコリー、しいたけ、マッシュルーム。セロリを入れるのを忘れてしまいました。

そういえば、昨日エジプト大使は、エジプトのタマネギが日本にたくさん輸入されていると教えてくださいましたが、スーパーでお目にかかったことはありませんね。今度、よく気をつけて見てみましょう。しかし、エジプト料理も素晴らしかったですね。手間がかかっていて、松の実や健康によさそうな香辛料や野菜などが多く使われていて大変奥深い味です。さすがエジプト7000年の食文化。素晴らしい!

Karukuhana09 食後はミントを中心にしたハーブティーで喉を潤します。ふたをして、香りも楽しみます。

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2006年12月 5日 (火)

エジプト大使館でのパーティー報告

Dscn6965 いよいよ、エジプト大使館のパーティーの日です。午前中にハンズに買出しに出て、美容院に行ってから、自分で着物の着つけをしました。今日は、ちょっと遊び心で着物の着つけ方を粋に遊んでみます。そうこうしている合間にもひっきりなしに電話がなって「パーティー今日だったよね。」「行っても大丈夫?」何度もいかがでしょうかとメールでお伺いして御返事をお待ちしておりましたが、一向に連絡がなかった方からです。大変大先輩のご年配の方でしたが、もう、名簿も昨日締め切って提出しているし、大変申し訳ありませんでしたが、事情をお話して、お断りさせて頂きました。そのほかにも、同様のメールも何通かありましたが、同様にお断りさせて頂きました。5:00過ぎ、受付等を手伝ってくれる方々とともに一足先にタクシーでエジプト大使館に向いました。

Karuku028 受付やクロークの準備をしているとあっという間に時間になり、ぞくぞくとお客様がお見えになりました。7:00直前には、受付は長~い行列ができてしまいました。冬はコートがあるので、クロークが大変だったようでした。しかも皆様毛皮など良いコートなので、扱いに気を使って大変だったようでした。

会場でお客様のお相手をしていましたが、開宴直前に、大使の執務室に私と「ちきゅう市民クラブ」の会長が呼ばれました。会長と大使は私のわからない言葉で挨拶していました。会長は、ビックリして「なぜ、あなたは、バンゴリ語を知っているのですか。」と英語で質問。大使は、「私の父が大使でバングラデシュに赴任していた。私も遊びに行って、たくさん買い物をして大変楽しい思い出がたくさんある。」と意外な言葉が返ってきたのでした。「どうぞ、座ってください。」と大使はおっしゃって、さらにお話しが続きました。私は、開宴前に、我々がここで、座りこんで話しなんかしちゃって大丈夫かと上の会場の方が気になってしまいましたが、しばらく、3人でお話しをして過ごしました。大使には、会長が載った新聞記事や資料などもお渡ししていたので、パーティーが始まる前に会長と話しをしておきたいと言ってくださって、執務室に呼んでくださいました。そして、このバングラデシュのお話しなどをして下さったのも大使なりの気配りとお人柄がよく表れていると恐れ入った次第です。

そうこうしている間に、いよいよ時間となったので、「それでは、行きましょうか。」と一緒に上階に向いました。途中階段の手すりの飾りに着物の袖が引っかかってしまって「あーひっかかっちゃった、ひっかかっちゃった~」と、後ろに続く大使を足止めしてしまいました。あー所作がちょっと♪ダメな私~ね~。♪

Aisatukaruku41 Aisatukaruku48オープニング Karuku56 Karuku007 Karuku52

お料理も飲み物もデザートも本当に多種用意していただきました。

Karuku30022_1 Karuku039 Dscn6952 Dscn6950 Karuku58 Karuku0007

Desertkaruku011 Karuku15

アトラクションはタブラクワイエサのパフォーマンス

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大使がエジプトのゲストをご招待くださいました。和服のお客様もたくさんいらっしゃいました。Karuku97 Karuku023 Karuku006              Karuku1_4

真ん中は茶道の荒井宗羅先生、右は白鳥さん。

大使館の方々も大使も「いつもの大使館のパーティーのお客さまとは、確実に平均年齢が20歳くらい若く、皆さんパーティーなれした国際的な方々ばかりなので、とても楽しかった。また、いつでもどうぞ。」と言っていただきました。

クロージング。

Closing_karuku92 Karuku_1 左のブルーのジャケットの方は近藤典子先生です。午前中大阪で生番組に出演して、東京にもどってらして、お忙しい中ご参加頂きました。

閉会しても、名残惜しく、皆様が退出されるまでさらに、30分もかかってしまいました。

遅くまで大使、大使館の皆様、お客様、お手伝い頂きましたスタッフ、関係者の皆様ありがとうございました。  

Karuko004                                                                

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2006年12月 4日 (月)

風邪の時もうなぎ

今日は、パーティーの名簿の最終調整。それなのに、この日まで住所等の連絡をしてくれない方がいて、もうこなかったら心を鬼にして断る覚悟で待っていると、昼過ぎにメールがきたので、ギリギリセーフ。最終調整を行いプリントアウトして大使館に送りました。後は、数人の入館証の確認です。

夕方までかかってしまいましたが、ハンズにクローク札その他を買いに行かねばならず、電話してあらかじめ営業時間とクローク札の売り場を確認してから、作業を続けました。が、気がついて、あーと思って、あわててハンズに駆け込みましたが、アウト!閉店になってしまいました。

パワーがあるときには、買うものも決まってるので、すぐ済むので入れてくださいと直談判できるのですが、疲れていたのと風邪の微熱のため、リキが出ず、すぐに諦めてしました。あー、また明日来ないとな。午前中だな。

がっくりきてしまいましたが、そうだ、こういう時はうなぎだーと思って、またまた松川に入りました。実は先週もうなぎを食べていたので、今日はちょっと違うものにしようとメニューを物色。

「うなぎの柳川とうなぎの卵とじは、どう違うのですか。」

「柳川はどじょうの柳川のどじょうがうなぎに変わっただけで、卵とじは親子丼の鳥がうなぎに変わっただけです。」

わかったようなわからないような。。。私はどじょうは苦手なので実際に柳川を食べたことはなく、見た事はあるのですが、味がどう違うのか、どちらも醤油味で卵を使っているように見えるので、もう少し、どう違うのかを聞きたかったのですが。まあ、いいや柳川のほうが温まりそうなので、柳川を食べることにしました。

味は、しょっぱめで汁気が多く鍋と丼の中間の水分量。ごぼうが入っているのと卵の量が少ないのが卵とじと違うところでしょうか。

確かに身体は温まりましたが、うなぎははやり蒲焼に限ると実感致しました!

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2006年12月 3日 (日)

風邪をひいた時には、食べ物や薬のほかに、必ず鍼やマッサージに行って、肩こり緩和を心がけます。マッサージした後には、スーと鼻のつまりがとれることもあります。

恵比寿には鍼やマッサージ、カイロプラクティックなどの治療院も美容院と同じくらいたくさんあります。駅の周辺におそらく50軒かそれ以上はあるのではないでしょうか。

私が行くのは鍼は十字堂鍼灸院。ここの小松先生は、鍼灸学校の先生もしており、陸上やテニスなど運動選手関係者などもよく通っています。が夕方曜日によって5:00か7:00くらいまでしかやっていません。

マッサージで行くのは天元治療院。ここは、中国の方がやってくれて、かの愛川欽也さんやキムタクなども通っているようです。会ったことはありません。すっごい力でゴリゴリやってくれるので、痛いくらいですが、とてもすっきりします。けれども、駅の向こう側なので、夜遅い時には億劫になります。

もう一軒は、家のご近所東洋治療院。ここは、365日24時間営業しているので、夜中や徹夜明け、苦しくて仕方ない時、重宝です。お正月もやっています。クレジットカードも使えるのでマイルも貯まって便利。恵比寿という場所柄、昼間よりも夜中の方が混んでいます。最近はそうでもないようですが。

今日は、鍼をお願いしようとおもったのですが、夜、9:00頃になってしまったので、東洋治療院に行くことにしました。これまでは、ここの鍼は、木村さんを指名でお願いしていましたが、先日、木村さんがお休みだった時に、院長先生がやってくれました。同じ鍼でも治療法が違います。木村さんは少しづつゆっくりゆっくりやります。院長先生は、たくさんの鍼を一度に使って、そこに電気もかけてくれます。どちらが良いとか悪いとかではないのですが、予約の電話をしようとして悩んでしまいました。

木村さんが電話にでたら、どうしよう。「院長先生の鍼をお願いします。」と言ったら、今まで、ずっと木村さんにお願いしていたのに、なんか気悪くするかなー。でも他の人が電話に出て、院長先生を指名しても、行ったら、木村さんがいるかもしれないし、かといって、院長先生にやってもらった後で、院長もいる時に木村さんを指名したら、院長は、「アレ、むこうのほうがいいのか」とか気を悪くしないだろうかとか、どうしようとか、いろいろと考えていたら、電話をする前に1時間も経ってしまって、大変大変疲れてしまいました。

もう行き当たりばったりでどっちでもいいやと思って、指名をしない方針で電話をしました。11:00頃だったらできますというので、11:00に行ったら、院長先生でした。やれやれ。今日も疲れた!

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2006年12月 2日 (土)

ご結婚おめでとう

今日は、大学院の同期生、といっても、年の若いお友達の結婚式です。会場は歩いて10分のQ.E.Dクラブ。寒くなってきたので、着物で出席することにしました。いつも行っている美容室は、着つけを取り扱っていないので、ウエスティンの遠藤波津子美容室に行こうかなとも思ったのですが、いつもの美容師さん(若い男性)は、トルコ大使館のパーティーにも来てくれたし、エジプトも来てくれるし、どうせ、今日着物着るんだったら、エジプト大使館の時にも着物を着るので、その時もよその美容室でやってきたら、彼に悪いからなーなどと色々考えて、ヤッパ、いつもの美容師さんに髪だけお願いして、着物の着つけは自分ですることにしました。

さて、人前式からはじまったお式は随所にこだわりや温かみが感じられました。新郎が海外勤務中なので、式の準備も手配もなにもかも新婦がやったそうです。女優の新井はるみさんが司会で、台本は新婦が自分で書いたようですが、なかなか、彼女なりのこだわりや思いや心がこもった良いお式でした。短時間でお二人の人となりがよくわかって、「ワー、すごいピッタリの二人」であると実感しました。

披露宴では、最初、新郎の会社の社長の祝辞が結構変わった祝辞で、どこへ行ってしまうのかと心配しましたが、それで、結構皆気が楽になったように思います。私も新婦の大学院の友人代表で、新婦のお人柄などをちょこっとお話しさせていただきました。

特に、スゴイナーと思ったのは写真展示。ドレス、白無垢など、事前に撮った写真のみならず、それぞれのこどもの頃の写真や、思い出の写真など、たくさんの写真がQ.E.Dクラブの漆の間に飾られました。

しかし、7歳の七五三の写真の顔でもう人生を物語っているというか、性格も表情に出てるし、顔立ちもそのまま。。。とても可愛らしいお嫁さんでした。お二人の写真は、許可をとっていないので、そのうち。。。

Karuku

Sweets

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2006年12月 1日 (金)

エジプト大使館でのパーティー準備

いよいよ師走に入りました。本当に今月は、なにやら忙しく既に予定が一杯です。来週に迫ったエジプト大使館のパーティーの準備も結構大変です。何しろセキュリティーの関係で来館者全員の住所、所属等を含めた名簿を提出しなければなりません。これが、ものすごく大変です。申し込む際に所定の事項を記入の上、お申し込み下さいと書いてあるのですが、これを書いてくださらない方も多いのです。もちろん知ってるでしょうと思っているのだと思いますが、知っていても、今は個人情報とかいろいろありますので、ご本人が自分の意思で書いて申し込んでもらうようにしています。そういうことも理解してくださらない方もいらっしゃって、私のことは知っているんだから、そっちで記入してよ。という方もいらっしゃるので困ります。毎日200通くらいのメールのやり取りをしなければならないので、その中のお一人の名刺を探してこちらが記入するのも、大変申し訳ないのですが、とっても時間と労力がかかります。

名簿も苦労してやっとできたと思って、通し番号をつけてプリントしようと思ったら、●●さんがキャンセルになったので、代わりに●○が。。。みたいに。一応あいうえお順にしてたりするので、こちらが早めに準備をしておこうと段取りよくやっていればいるほど、直前に何度も手間がかかることになってしまいます。入金確認も大変です。一人で2人分とか、3人分とか、振り込んであっても、誰の分なのかを確認するのも大変です。想像がつく人もいるのですが、まったくわからない人もいます。なぜか、振り込んだのに振り込めないというような連絡もあったり。。。

それから、全員に入館証というのを送るのですが、これまた、大変。ほとんどの方には、メールでワードファイル添付で送りますが、「開けない」とか「プリントすると地図がでない」とか。こっちのメールに送りなおしてとか。。。当日行けたら行きますーみたいな人も入館証を用意しておか