29日日曜日、10年来の友人、インドネシアの舞踊家Tさんが中部ジャワ地震救済チャリティーイベントを企画したので、「ちきゅう市民クラブ」の会長と二人で陣中見舞いと寄付に行ってきた。
東小金井の小さなイベントスペースではあったが、椅子に座りきれないほどの人が集まった。
1部の舞踊、2部は写真スライドを見ながらのお話し、3部は、インドネシアの模擬結婚式と舞踊という3部構成だった。
2部の話しが長くて、会場にはこどもの姿も多く、もう皆飽きてしまって、がやがや、誰も聞いていない感じだった。時間構成からすれば、明らかに15分押していた。それでも気にすることなく話し続ける人に、「時間!」と言うように仕切る人が明らかに存在していなかった。
職業柄、イライラしてしまった。そのうちに、もう3部の衣装を着けた人も入り口に待機して、プレッシャーをかけ、誰かが「時間ですので、そろそろ」とやっと言いに行ったようだった。が、それでも「あ、もう時間なの」と言いながらさらに10分もよくしゃべれるものだなと、その太っ腹に感心してしまったが、こういうのもインドネシア時間なのかもしれない。インドネシアの衣装がよく似合うスラリとした日本のおじさんだ。
やっと3部が始まった。チンカンチンカンとインドネシア独特のガムランの音とともにゆっくりした歩みでこどもたち、続いて新郎新婦が入場だ。
(昔、静岡で行った世界ウエディングショーの仕事を思いだす。)
このガムランのあまりにゆったりとしたのどかな雰囲気は、そよそよ、まったりしたバリの空気と風を思い起こさせる。
踊りや音楽はいいね。民族芸能というのは、心が和むし、映像や人生や世界観を描いて見せてくれる。
部屋は、熱気でムンムンだったので、バザーで売っていたココナッツジュースとグアバ ジュースを飲む。両方ともとても美味しかった。
イベント終了後、久しぶりに友達とも言葉を交わし、懐かしく、この10年を思った。離れていても、要所要所で連絡を取り合い、一緒にボランティア活動や文化活動を協力しあってきた。
この日も10万円以上の寄付が集まり、他で集めた寄付金をまとめると30万くらいになったようだ。
彼女は、これをもって、ジャワに行くことになっている。
ホールを借りて、このような手打ちの事業をするのは、とても大変だ。実際にどれだけの人がきてくれるか、どれほどの寄付が集まるか、よめなくとも、頑張って実行するのは、勇気もいる。しかし、そうして、大変な思いをして、実行すれば、した人にしかわからない確かな喜びや手ごたえや感動が、絶対にあると思う。たとえ、うまく行かなかったとしても、次には上手くいくように、毎回毎回が勉強であり、確実に前に進めるに違いない。ガンバレー。
遠く日本という国に住み、自国の踊りや文化を地域でこどもたちに教えながら、様々な活動をするTさん。旦那さんも日本への元留学生で、今は日本の企業の研究所に勤めている。旦那さんもガムランのグループの一員で、トリトンのアジアの音楽祭の時にはお世話になった。
私も外国で何か、人に教えられるような日本文化をもっているかどうかを問われると、ちょっと恥ずかしい。
我々の世代は、もっぱら西洋文化で育っているので、ピアノが弾けたり、ダンスが踊れたりするけれど、三味線も尺八もできないし、あー八木節があった!着物の気付けは?
って、冗談だけど、カナダで亡くなった恩師のピアノの先生のお墓参りに行った時には、先生ゆかりのファミリーを尋ね、そこで、ピアノを弾いた。
サイマルが主催したANUの研修ツアーでオーストラリアに行った時、お世話になった方の家でのホームパーティーでは、たまたまそのお宅にあったハモンドオルガンを弾いて、グループを代表して、お礼(お礼になったか、騒音だったか。。。一応、ハモンドオルガン講師資格を昔取っていたので)の気持ちを伝えた。
芸は身を助くではないけれど、文化交流が一番アイス・ブレーキングが速いので、何か披露できるものがあるといい場合がある。自国の文化でも共通の文化でもなにか披露できるものがあると、その後も会話も関係もスムーズになる。
母は、これまでにも八木節やフラダンスを習っているのだが、70の手習いで三味線を始めたらしい。すごいね。
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