お盆
8月13日の迎え盆と16日の送り盆を実家で過ごした。今年は祖母の三回忌だ。若い頃は、この時期は自分の遊びで忙しく、学生時代は、合宿やなんだと不在が多く、就職してからももっぱら海外旅行などに出かけていた。30代後半からは、なるべく実家に帰り、お墓参りもするように心がけている。
甥が生まれてからは、成長を見守るのが楽しく、実家に帰ることも多くなった。祖母が亡くなってからは、また一段と家族・親族の絆が強くなったような気がする。
自分の若い頃はお墓参りもあまりせず、もともと信心深いほうではないので気がつかなかったが、13日も16日もよその家は若い男の子なども結構ちゃんと提灯やお花をもって家族でお墓に来ている。ちょっと見るとヤンキーっぽいおにいちゃんも。
最近は、「オーラの泉」などの番組人気の影響もあるのか、先祖供養への関心が一段と高まったようだ。
こどものころは、祖母と提灯を下げて、歩いてお墓へ行き、火をつけて、歩いて家にご先祖様を連れて帰る。縁側に水を入れたバケツを用意し、そこで、足を洗って、家の中に入る。
先祖が数日を家で過ごし、16日にはお団子をつくり、茄子の馬を作る。割り箸で足を、とうもろこしのひげで尻尾を、そうめんで手綱をつくって家の前の畑でお線香をあげ、お花などとともに燃やして煙で先祖を送った。今では畑もなくなってしまったので、敷地内の危なくないところで、行っている。
それから、お墓に行く。父方のお墓へ行った後に、母方のお墓にお参りする。
こういう行為は、宗教行事なのだろうか。確かに仏教のしきたりにのっとったものであり、お寺のお坊さんにお経をあげてもらうのだから、仏教行事だ。だが、国際的に考えられている「宗教」とは、日本の場合、全く違うように思う。
幸か不幸か、物心ついて家からだした最初のお葬式が一昨年前の祖母のお葬式であった。そのため(?)自分の家のお墓のあるお寺が何宗の何派かなど考えてみたこともなかった。ましてや、多くの宗派の中から、その宗派の考え方や教義が良いと信じているからそのお寺を選んだ訳ではない。地域にあるお寺がたまたまその宗派であったというだけに過ぎない。たぶん、大概の家がそういうことなのではないか。
そういう意味で、日本ではいわゆる「宗教」というのは、あまり馴染まないように思う。習慣や生活文化、風習の中に入り込んでしまっている。逆を言えば、考える猶予も余地もなく、そのように知らないうちにそうさせられてしまっているという言い方もできるのかもしれないが、基本的には、生活文化・風習・行事として、受け継がれている。
だから、私たち日本人は、他の宗教にも寛容であり、クリスマスも正月も何でも生活行事として取り入れている。神社だろうが、お寺だろうが、あまりこだわらない。本当に心の問題で個人的な問題であるならば、お寺に行こうが神社に行くまいがどこでも心で手を合わせればそれで良い。先祖にお礼をいい、敬い、子孫の平安と繁栄を願うことは、人であるならば、それは、ごくごく当たり前の行為であり、感情の問題だ。これを、研究者的に、当たり前の行為をあらためて問い直すという姿勢をとるならば、思想に一致しない行為を行うことに疑問を持ってしかるべきである。
大学院の時に同じ研究科に在籍し、そのまま博士課程にすすんだAさんは、「自分はキリスト教徒なので山へ行って神社の前を通る時も、修学旅行でお寺の前を通る時も、絶対に中には入りませんよ。」と静かにしかし力強く言ったことがある。それを聞いた時には、目からうろこだった。
私は、あまりにも神社やお寺のことを知らない。そして、日本の教育では、そうしたことをアカデミックの現場で教えてこなかったように思う。神話や歴史の中で素通りしたに過ぎない。特に、戦後の諸事情より、敢えて、仏教も神道も宗教なのか宗教でないのか、そのあたりの考えかたをうやむやにしてきたようにさえ思う。あるいは、いまだに日本人の精神性は土着的なシャーマニズムの世界なのかもしれない。
生活環境も家族の形態も変化していくなかで、このようなお盆の行事やしきたりがずっと続くものなのか、どうなのか考えてしまうことがある。こういう行事を大事にし残したいとも思うが、その本質をあまり考えたことはない。
沖縄の竹富島に取材に行った時に感じ、考えたことと同じようなことを自分の身近なところでも考える今日この頃である。
この年になっても、まだまだ知らないことが多いことを思い知る。
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