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2006年8月28日 (月)

ご案内

0902 ピアニスト斎藤雅広さんのショパンプログラムが、9月2日藤沢市の湘南台文化センター市民シアターで開催されます。4:00開演2500円です。

斎藤さんは、ポーランドのチェルニー ステファンスカ先生(教則本チェルニー家の)に才能を認められ、内弟子として2年間をクラコフで過ごしました。教則本のチェルニー先生もお金を取らずに才能ある若い人に教えたことで有名ですが、その家訓なのか、世界中から若い人を見出し、2年間も無料で自宅に住まわせ、ご飯も食べさせてくれて、レッスンしてくれるのだそうです。2年ごとに常時ずっと継続して、そのように多くの後継の面倒を見たそうです。なかなか日本ではありえませんね。

ということで、ショパンプログラムは聞き逃せません。

060909 続いて9日は、府中の森芸術劇場  (14:00開演)で、ソプラノの家田紀子さんとファミリーコンサートを開きます。2000円

ウイーンもの、ワルツ、千と千尋の神隠しまで、文字通りファミリーで楽しめる内容です。

来年は、斎藤さんもデビュー30周年。ますます磨きがかかります。

朝晩、秋の風が感じられる今日この頃、9月の訪れとともに、

「芸術の秋」を堪能してみませんか。

もちろん「読書の秋」もね。あれ、「食欲の秋」か。

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2006年8月27日 (日)

変な質問?

大学を卒業して20年以上経つわけだが、ゼミのOB合宿というのを年に1度、温泉に1泊でやっている。今年は私は参加できなかったのだが、先生ご夫妻とは、結構頻繁にお話をさせていただく機会も多い。

「先生もメールやっていただけると、もっと頻繁にご連絡できるので、簡単ですから、是非」みたいな話になったときに、奥様が言いにくそうに先生を気遣いながら、

「パソコン習いにいったんですけどね。どうも、普通の人が聞かないような変な質問するようで、先生も困っちゃうみたいなのよね。」

先生は、横で笑っていた。

「だから、私が代わりに習いに行ったの。」やさしい奥様で、いつも仲が良い。

私も世間的には、「変な質問」をする部類の人間のようで、これを聞いていて、私も先生のように「ふふふ」と笑いそうだった。

例えば、ここに越してきて、最初に眼科(女医さん)に行ったとき、

「あなた、これーずいぶんひどい傷ねー」

「それって、もしかして、その医者が下手だったってことですか。」

こどもの頃に通っていた眼科医は、怖い病院で有名だった。ご夫婦で開業しているのだが、その怖さというのは、いつも夫婦喧嘩をしていて、マイクの拡声器を使って、院内中に怒鳴りあいを放送していたから。だから、待合室では、皆静かに下を向いていた。そういうヒステリックな中で手術されたのだから、頭にきていて、適当な手術がされていたのかもと思ってしまったからだ。

この女医さんの答えが良かった。「それだけ、ひどい病状だったってことよ。」

ある時、「あー、あなた左がひどいわね。白内障すすんでるわ。」

「左って、わたしの左ですか、それとも先生からみた左ですか。」

先生はあきれたように「左は左よ。」

これには、伏線があった。隣のビルに耳鼻科がある。ここの先生は、「はい、100点。もう大丈夫。」「ごくろうさん」という感じの先生で、いつ行っても待たずに見てもらえる。つまり空いているということだ。この先生は私の左の鼻をピンセットでつまみながら、「右が炎症おこしてるね。」と言ったからだ。ちなみにいつもシューと鼻に薬をさすのだが、音と空気だけで、薬がでていないような感じなのだ。

先日、「ホワイトハウス」というアメリカのTVシリーズを見ていたら、記者会見の打ち合わせのシーンで「一番前の一番右にいる記者を最初にあててください。」「誰の右だ。」「大統領の右です。」というセリフがあったので、別に確認してもいいじゃないねーと思ったものだが、そういう質問をする人はいないらしい。

祖母が危篤状態で、病室に親族が集まって先生の説明を聞いていた。先生は最後に「何かあったら、呼んで下さい。」皆が「はい。」と言った。

私は、「すみません、なにかあったらのなにかって、例えばどういうことでしょうか。」

あとで、そばにいた従妹の中学生になる娘に、

「ケコちゃんは、何でも質問するん?」と言われてしまった。

だって、必死だったし、分からなかったんだもの。。。

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2006年8月26日 (土)

音楽配信

ポッドキャステインングのシステムに挑戦してみます。

以下、世界でただ一人のピッコロ・ヴァイオリン奏者、グレゴリー・セドゥスさんの演奏をお楽しみ下さい。(以下をクリック下さい。)

Karuku0101 ちゃんと受信できるかどうか皆さん試してみていただけますか。

説明には、「サイトに訪れた人に、ポッド キャスティングの受信ソフトでブログのURLでなく、バナーのURLを登録してもらうように告知してください。」となっています。

宜しくお願い致します。

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2006年8月25日 (金)

出会いに感謝1

先月、友人のお母様がお亡くなりになったと後から聞いて、Kさんと一緒にお悔やみに伺った。その友人Aさんは、お友達といって良いのか憚れるが、母とほぼ同年代で、元大企業の社会貢献の仕事をされており、大先輩ではあるが、大変親しくさせていただいている。

仕事の絡みは全くなく、スキー仲間といったらいいだろうか。もともとは、同時通訳者の村松増美先生の紹介で、ちょうど群馬県の川場スキー場ができた年に、村松先生運転の車で一緒にスキーに行ったのが最初だった。それ以後、Aさん主宰するスキー合宿に毎回お誘いいただくようになり、もうかれこれ20年近くのおつきあいになる。この会には、大学の先生やジャーナリスト、後に大臣になった方、もちろん村松先生など、様々な方が参加しており、今でもこの会の最年少メンバーは私だ。中には整形外科のスポーツ医学の先生もいるので、万が一怪我をしても安心だ。

お宅に伺って、お線香を上げさせていただいてから、いろんな話をした。Aさんは、思ったよりもお元気で、いつもと変わらないので安心した、というか、いつもながらすごい方だなと感服してしまった。

ご両親の話から始まって、いろいろな思い出話になった。15年ほど前に行った蔵王で夕飯を食べに行った時のことに話は及んだ。皆でジンギスカン鍋をやった後で、ご飯頼みましょうかとAさんが聞いた。私が待ってましたとばかりに、「それじゃ、カツ丼お願いします」と注文しようとしたら、他のおじ様方が「えー」とビックリ退け沿ってしまった。それで、私も「えー、じゃやめよう」としたら、Aさんは「いいのよ、いいのよ、若いんだから、食べなさいよ」と。結局、カツ丼をぺロッと食べてしまった。相当インパクトがあったようで、いまだに話題に上ってしまう。あー本当に若かったなー。そして楽しかったなー。

他の人から聞いたのだが、Aさんは、知識人のダボス会議に対して、経済界のアスペン会議と言われるそのアスペン会議で司会を務めたこともあるそうだ。母とほぼ同年代のBJなのだが、どうして独身だったのだろうかと思うほど、美人で上品で優秀で、私が言うのも変なのだが、とてもしっかりした何でもできる方だ。

お料理もスキー場のコンドミニアムの狭いキッチンで短時間にぱっぱっぱとほとんど一人で全てやってくださる。お手伝いしようと思っても、「狭いからいいのよ。いいのよ。」と。

スキー場で滑る時はもちろん、登りや板をはいて歩くようなところでも一目散にタッタッタッタ休むことなく、一番早い。合宿の幹事ぶりもてきぱきと案内状の内容も全てびしっと必要事項のモレもなく、さすがプロの仕事という感じだ。また私以外はそれぞれが一角の個性豊かな方々ばかりなので、部屋割りから諸々取りまとめるのも大変なことだ。

ここ、数年はお母様の介護をされていた。この日もすぐに失礼しようと思っていたのだが、冷茶から和菓子、フルーツとあれもこれもと出していただいて、そのうち、チーズとワインになり、話が弾んだ。Aさんが「先日「ワーキング プアー」というNHKの番組を見たけど、やっぱり、今の日本はどこかおかしいわよね。」と熱くおしゃって、それでワインとチーズがまたまた進んでしまった。Aさんもコンサルタントをしているので、いつも話に説得力があり、指針のブレがない。柔軟な思考の中にも確固とした信念や正義感に篤く、同感することも学ぶことも多い。

そういえば、私の周りには、こどもの時から、いつもだれか素敵な人生の先輩との出会いがあった。家でも大家族だったし、血縁のない人もたくさん一緒に住んでいた大家族だった。その後もピアノの先生、教会の先生、ダンスの先生、体操の先生、数学の先生、大学のゼミの先生。村松先生。。。他にも血縁関係のない兄や姉がたくさんいる。そういう方々に可愛いがってもらって色々と教えていただいたことが人生の確かな糧になっている。とてもありがたいことだ。そうして、頂いたものを、私も若い人たちに返していけたらと思う。礼儀として少しプラスしてお返ししないといけないなと、ちょっとプレッシャーをかけよう。

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2006年8月24日 (木)

ビジン

甥のけんちゃんの2歳のお誕生日に、絵本などのプレゼントとケーキをもって、実家に帰った時のことだ。プレゼントをあけて、これから、ケーキにナイフを入れようとしたその時、

2歳の甥が私を見つめ、「ケコチャン、ビジンー」と言ったので、家族全員が驚いてしまった。

それは、「ビジン」と言われたのが嬉しかったというよりも、とてもとても不思議だった。「ビジン」という抽象的な言葉をこの2歳のこどもがどのように理解して使っているのか。なにかもらった時に言う言葉として記憶されていたのか、嬉しいことを表現する言葉として使ったのか、もっともらいたい時のリクエストを意味しているのか、本当に不思議でたまらなかった。

その前後にも、おもしろいことがあった。一緒に遊んでいるときに、急に「あー、まさか、ケコチャンが仮面ライダーなんじゃないか」と私に向って言った。何言ってるんだろうなーと思っていると、今度は翌日、私の祖母に向って、「あー、まさかおばあちゃんが仮面ライダーなんじゃないか。」と言っていた。祖母と一緒に笑ってしまったが、なんで、こんなことを言うのかと不思議に思って、けんちゃんのママに聞いてみると、

「そういえば、先日借りた仮面ライダーのビデオの中で、まさか○○さんが仮面ライダーなんじゃないかというセリフがあったんですよね。」

どうやら、「まさか、○○なんじゃないか」という言葉の使い方をけんちゃんなりに練習しているようだった。その頃から、私は、不謹慎ながら、犬にお手を教えるよりも反応が良く、成果の著しい面白い実験対象を得、いろんなことを試みてきた。

少しづつ、家庭でのエデュテイメントの試みをこれから時々紹介したいと思う。

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議論

私はどちらかと言えば議論好きだ。周囲にもそういう人が多い。

学部のゼミも各自が議論を闘わせるゼミであった。大学で所属したクラブは、英語でディベートやディスカッションをするクラブであったから、自分の意見をいうことが日常であった。ディベートにいたっては、自分の意見がどうであろうとnegative と affirmative 両方の意見を準備して直前にどちらのサイドになるかが決まるので、賛成と反対と両方の意見の論点を学んでどちらの意見も主張できるように練習する。例えば「日本は、自衛隊を増強するべきだ」とか「日本は原子力発電を止めるべきだ」というようなプロポジションに関し、賛成・反対の立場の主張をチームで繰り広げ、どちらの主張やエビデンス、チャートが説得力があったかを審査員が評価し勝ち負けを競う。私は、頭では考えられても、とっさに言いたい英語がでてこなく、主張を上手く伝えられなくて、何度やってもドギマギだった。落ち着いて、鋭い質問をとっさにできる先輩たちを、なんてすごいんだといつも尊敬していた。

大学院でも最初にどのような立場で研究をするか、研究者としての立場や心構えについての訓話というか問題提起がなされ、結構心新たに身が引き締まる思いだった。御用学者という言葉もあるが、一般には、現状当たり前と思っていることをあらためて問い直す姿勢、現行の社会を批判的に検証する視点、新たな地平を提案することが研究者として求められることである。

そんな環境もあってか、私の周囲には、同じように批判精神の旺盛な人たちが老若男女を問わず大勢おり、スキーに行っても、食事に行っても、そういう話で盛り上がる。

さて、私の友達で、私が批判的なことを言うといつも怒り出す人がいる。

例えば、たわいのないことなのだが、何か申し込むサイトのフォーマットで、だれでも携帯電話や携帯メールを持っていると決め付けていて、その情報を入れないと先の画面に進めないものが結構あると体験談を話した。

私は、こうした運営マニュアルを作ったり、公平なサービスの規約を作ったりすることも仕事としてやっているので、こういうことが大変気になる。

実際同年代の人でも携帯で追いかけられるのがいやだと言って、もっていない人もまだいるし、私自身、携帯ではメールはやらないことにしているので、そういう人は、それに申し込むことができない。いくら新たしい機器が普及しても持たないと選択している人もいるのだから、そのように持っているはずだと決め付けて、もっていない人を排除するようなものはどんなものかと思うと発言したところ、

「そんなことありませんよ。どこの会社でもそのくらいのことはちゃんとやってますよ。」と大きな声で怒り出し、挙句の果てに「そういうことを言うのは、社会主義者か似非リベラリストですよ。」と言われてしまって、大変戸惑った。

「いや、そういうことじゃなくて、、、」と説明しようとしても、”そのそうじゃなくて”というのを私が自分の例えばBという意見を押し付けようとしていると思ってしまっているようで、「いつも否定ばかりする」とか、「自分の意見を押し付ける」とか言って、その先の説明をさせてくれない。私は、Aという意見もあるかもしれないけれど、Bという見方もあるよねと言いたいだけだ。実際に何度か私自身が経験して不便を感じたことだから。

物事にはいろいろな見方があり、様々な人の意見があるのが社会の常であり、いろんな異見があるから社会がチェック&バランスで機能されているのであり、自分の考え及ばない意見に勉強になることもある。

たとえば、先日、とんこつスープをとった豚の骨を再利用で肥料にするというのをTVでやっていた。私は、ヘーなかなか再利用で考えたなーと思っていたところへ、イスラム教徒の人から電話があり、「TVみて!こんなもの作られたら、我々は、野菜も食べられなくなっちゃうよ。困るよ。」あーそうだ、確かにそういう考えもあるね。トレーサビリティーも土や肥料までデータ化しないとグローバル化の食の世界で何も食べられなくなるかもしれないと思った。

異見や批判が否定されてしまって、今時「社会主義者」とか「似非リベラリスト」とレッテルを貼られてしまうのは悲しすぎる。

その人と話をしているとそういうことになってしまうことがたびたびある。どうしてそうなってしまうのかわからない。彼はいつも「日本社会は素晴らしい。それでいいじゃないですか。」で終わらそうとするので、私の立場からすると、絶賛だけしていては進歩がないのだから、違う地平を提示したくなる。すると「社会主義者」とか「アカ」とかいうセリフが飛び出すことになる。私も、何も言わなければいいのだが、そういうことでもないと思う。

多様な文化や価値を受容するという言葉にすると簡単なことだが、同世代の日本人間でもこんなに難しいものかと実感し、今日も眠れなくなってしまった。

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2006年8月21日 (月)

レトルト カレーも結構結優秀

_3_2 時々利用するレトルト カレー。

これは、ポテトとほうれん草のカレーなので、すごい色です。

今日はらっきょうを切らしてしまったので、福神漬けと人参サラダと2色トマトを付け合せました。他に野菜スープとブルーベリーヨーグルト、コントレックスのお水とヘルシア緑茶。

_9_3 このカレーは、インドからの輸入もので、100%ナチュラル ベジタリアン用のもの。ベジタリアンものは、味が単調だと飽きてしまって続かないので、どちらかといえばしっかり味の濃いものが多いようです。これもそう。でもしょっぱいというほどでもなくちょうど良い感じ。量は300グラム、1~2人用となっているので、一人で全部かけてしまうとよほどご飯を頑張ってたくさん食べないと、という感じです。私もこの後、ご飯を足してしまいました。

最近は日本のカレーもなかなかバリエーションも豊富で頑張っていると思います。インド風、タイ風、ベトナム風のものも結構あって、スパイスやココナッツなどいろいろなものが使われていますが、さすがにインド、タイのカレーは、味の奥深さ、微妙さ、複雑さでは勝っており、飽きがこないと思います。いかにも日本のカレールーのカレーだけでは、毎日食べ続けることはできないけれど、このようにアジア物であれば、昼、毎日カレーでも私は生きていけそう。ただし、邪道かもしれませんが、私には、福神漬けとラッキョウがないとレトルトは物足りなく感じます。

Mcc11b1 MCCのカレーはなかなか本場ものに近く、スパイシーチキンとキーマカレー(ひき肉となす)がお気に入りでしたが、最近、このシリーズは、生産が終了したようです。安いラインと世界のカレーものの新しいシリーズに変わりました。

先日紹介したレストラン「ザ・タージ」もチキンとベジタブルのレトルトカレーを商品化しましたが、材料と生産ロットの関係でどうしても値段が500円くらいになってしまうそう。成城石井など価格の高い商品も売れるスーパーなどで、扱っていましたが、現在出回っているものが完売次第販売も終了となるそうです。日本のメーカーの安いものでは100円を切るものがある中で、500円のレトルトカレーは、なかなか難しいようです。

ということで、レトルトカレーの写真アルバムを作りました。

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2006年8月18日 (金)

お盆

8月13日の迎え盆と16日の送り盆を実家で過ごした。今年は祖母の三回忌だ。若い頃は、この時期は自分の遊びで忙しく、学生時代は、合宿やなんだと不在が多く、就職してからももっぱら海外旅行などに出かけていた。30代後半からは、なるべく実家に帰り、お墓参りもするように心がけている。

甥が生まれてからは、成長を見守るのが楽しく、実家に帰ることも多くなった。祖母が亡くなってからは、また一段と家族・親族の絆が強くなったような気がする。

自分の若い頃はお墓参りもあまりせず、もともと信心深いほうではないので気がつかなかったが、13日も16日もよその家は若い男の子なども結構ちゃんと提灯やお花をもって家族でお墓に来ている。ちょっと見るとヤンキーっぽいおにいちゃんも。

最近は、「オーラの泉」などの番組人気の影響もあるのか、先祖供養への関心が一段と高まったようだ。

こどものころは、祖母と提灯を下げて、歩いてお墓へ行き、火をつけて、歩いて家にご先祖様を連れて帰る。縁側に水を入れたバケツを用意し、そこで、足を洗って、家の中に入る。

先祖が数日を家で過ごし、16日にはお団子をつくり、茄子の馬を作る。割り箸で足を、とうもろこしのひげで尻尾を、そうめんで手綱をつくって家の前の畑でお線香をあげ、お花などとともに燃やして煙で先祖を送った。今では畑もなくなってしまったので、敷地内の危なくないところで、行っている。

_10_2 それから、お墓に行く。父方のお墓へ行った後に、母方のお墓にお参りする。

こういう行為は、宗教行事なのだろうか。確かに仏教のしきたりにのっとったものであり、お寺のお坊さんにお経をあげてもらうのだから、仏教行事だ。だが、国際的に考えられている「宗教」とは、日本の場合、全く違うように思う。

幸か不幸か、物心ついて家からだした最初のお葬式が一昨年前の祖母のお葬式であった。そのため(?)自分の家のお墓のあるお寺が何宗の何派かなど考えてみたこともなかった。ましてや、多くの宗派の中から、その宗派の考え方や教義が良いと信じているからそのお寺を選んだ訳ではない。地域にあるお寺がたまたまその宗派であったというだけに過ぎない。たぶん、大概の家がそういうことなのではないか。

そういう意味で、日本ではいわゆる「宗教」というのは、あまり馴染まないように思う。習慣や生活文化、風習の中に入り込んでしまっている。逆を言えば、考える猶予も余地もなく、そのように知らないうちにそうさせられてしまっているという言い方もできるのかもしれないが、基本的には、生活文化・風習・行事として、受け継がれている。

だから、私たち日本人は、他の宗教にも寛容であり、クリスマスも正月も何でも生活行事として取り入れている。神社だろうが、お寺だろうが、あまりこだわらない。本当に心の問題で個人的な問題であるならば、お寺に行こうが神社に行くまいがどこでも心で手を合わせればそれで良い。先祖にお礼をいい、敬い、子孫の平安と繁栄を願うことは、人であるならば、それは、ごくごく当たり前の行為であり、感情の問題だ。これを、研究者的に、当たり前の行為をあらためて問い直すという姿勢をとるならば、思想に一致しない行為を行うことに疑問を持ってしかるべきである。

大学院の時に同じ研究科に在籍し、そのまま博士課程にすすんだAさんは、「自分はキリスト教徒なので山へ行って神社の前を通る時も、修学旅行でお寺の前を通る時も、絶対に中には入りませんよ。」と静かにしかし力強く言ったことがある。それを聞いた時には、目からうろこだった。

私は、あまりにも神社やお寺のことを知らない。そして、日本の教育では、そうしたことをアカデミックの現場で教えてこなかったように思う。神話や歴史の中で素通りしたに過ぎない。特に、戦後の諸事情より、敢えて、仏教も神道も宗教なのか宗教でないのか、そのあたりの考えかたをうやむやにしてきたようにさえ思う。あるいは、いまだに日本人の精神性は土着的なシャーマニズムの世界なのかもしれない。

生活環境も家族の形態も変化していくなかで、このようなお盆の行事やしきたりがずっと続くものなのか、どうなのか考えてしまうことがある。こういう行事を大事にし残したいとも思うが、その本質をあまり考えたことはない。

沖縄の竹富島に取材に行った時に感じ、考えたことと同じようなことを自分の身近なところでも考える今日この頃である。

この年になっても、まだまだ知らないことが多いことを思い知る。

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2006年8月15日 (火)

夏はカレー 赤坂「ザ タージ」

夏の食欲のない時、カレーを食べる機会が多い。カレーのスパイスは、いわゆる漢方薬であり、夏バテ防止の様々な工夫がされている。それは、さすがにインダス文明、ムガール帝国から引き継がれた食文化の髄がそこにある。

日本の昔風の家庭のカレー、タイカレー、中華風のカレー、欧風カレー、そして、インドカレー、、、、。カレーは、今では世界中で愛され、それぞれの国の食文化をも築いている。

中華風のカレーで特筆されるべきは、ハワイのヒルトン・ハワイアン・ビレッジ内にある「ゴールデン・ドラゴン」のロブスターカレー。

Taj0375 日本では、やはり、老舗のインドレストラン赤坂「ザ・タージ」のカレーがお気に入り。種類も豊富、同じ野菜カレーでもカリフラワーをベースにしたアルゴビやドライ系のものスープ系のものと様々だ。海老カレーも海老の甘みが濃厚で素晴らしい。インドのパンの種類も豊富、ナン、プリー、チャパティー、ルティーなどなど。

タンドリーチキンも部位によって様々で、ここの特徴は、料理によって、コリアンダーやピスタチオなどのソースがついてくるので、繊細で趣のある味が楽しめる。日本料理のゆず胡椒や、すだちのような存在だ。これをかけて、日本の野菜てんぷらのようなものを食べると、これがまた美味しい。日本のかき揚げのようなタマネギのフライも甘くておいしい。辛いものとこのフライの組み合わせでビールもすすむ。

デザートも他では食べられないものが多く、濃厚ミルクのアイスクリーム、クルフィーや、ミルクとカッテージチーズのロシュゴライ、ロシュマライなど。上に銀箔や金箔がのっており、なかなか高級感もあり、大満足のコース料理が楽しめる。

どちらかと言えば、北インドの高級料理のようだが、通好みの深みのある味と幅の広いメニューが堪能できる。

地下には、個室もあり、ミーテインングや少人数でのパーティーなどにも便利。ポピュラーな大衆食のカレーとは一味違ったカレーの奥深さと食へのこだわりが感じられるレストランだ。

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2006年8月14日 (月)

夏の風物詩-手筒花火-

Tedutuhanabi0383_1 手筒花火を見たことがありますか。その名の通り、花火が入った筒を手に持って、その場で打ち上げるパフォーマンス花火です。

なかなか、勇壮で迫力があり、また、怪我でもしないのだろうかと心配にもなってしまう生々しい花火です。

その起源は、戦国時代の合戦時の通信手段とされた「のろし」であるといわれています。火薬の威力を認識した徳川家康が、その製造・貯蔵を禁じたときにも、徳川発祥の三河にのみ、特例として許可を与え、家康の鉄砲隊が火薬の扱いをその地域の子弟に伝え、後に祭礼の献上花火になったと言われているようです。

Tedutuhanabi0395 五穀豊穣、無病息災、成人の門出などを願って、三河地域を中心に手筒花火がずっと継承保存されており、今では各地の夏祭りイベントなどでも引っ張りだこのようです。

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2006年8月 9日 (水)

絵のある暮らし-ブーリエ-

Burie_3 夏らしく、ブーリエのリトグラフを飾った。

思えば、80年代の後半、勤めていた企画会社が銀座にあったので、そのころ、よく、カシニョールやカトランや荻須などの版画を買っていた。

ブーリエも涼しげで明るい色調が気に入って、その頃購入したものだ。

一時期別の事務所に飾っていたが、そちらの事務所の引越しの際に家へ戻ってきて以来、ただ足元の壁に立てかけていた。

先日、ちょっと掃除をした時に、そうだ、と思って、空いている壁のスペースにかけたら、気分一新、ちょっと良い感じ。

フランスの海岸には行けないけれど、せめて、リトグラフでも眺めて、行った気分を味わおう。

アンドレ ブーリエ 略歴

1936年フランスに生まれたブーリエは、陶芸家として働いていた10代の時に色彩の扱い方を学んだ。ブーリエはモネの巧みな光の表現に感銘を受け、ブーリエ自身も印象派的手法を用い、頭より心に訴えかける作品を描いていこうと決意する。 フランス芸術家サロンでブーリエは金メダル獲得。
サロン・ドートンヌ会員、アーティスト・フランセ会員。
海を主題とした油絵を描き続けてきたことから、1973年 フランス海軍省のオフィシャル アーティストに指名された。ブーリエの作品の主なモチーフは海を中心に風景などへも移行した。
96年にはアトランタオリンピックの公認アーティストに選ばれた。

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2006年8月 5日 (土)

土用ニの丑

今年は、土用の丑の日が2回、7月23日と8月4日がそうでした。今年は、2度の丑の日をはずして、合間にうなぎを食べました。

ピアニスト斎藤さんもうなぎが大好き。(斎藤さんのHPのblog瓦版をご参照下さい。)斎藤さんは、うなぎの味が損なわれるというので、山椒をかけないようですが、私は、山椒あってのうなぎで、うなぎあっての山椒だとおもっているので、たっぷリ山椒をかけます。

山椒もお店によって、多少味が違います。前にも書いたように双葉の山椒は粒が粗めなので、パンチがあります。

こどもの頃は、東京に家族で遊びに来ると、帰りは必ず、浅草のつるやで、1時間に1本の急行電車の時間を待ちながら、食事をしました。もちろん、うなぎです。つるやは、うなぎ屋ですが、ほかにもメニューが豊富なので、ここに入ります。なぜかというと、母はうなぎが苦手だからです。つるやは、永井荷風が好んだ店と宣伝していましたが、どちらかというと濃い目のタレで、ちょっとこげた感じのパリパリ感があります。いつも思うのは、タレも濃く、タレの量も多いのに、付け合せの漬物も味の濃いたくあんなのは、いけません。ここは、浅漬けの白菜かぬか付けにして欲しいものです。

うなぎの付け合せとしては、奈良漬が健康の相性がいいようですが、奈良漬だけだと、さっぱりしないと思います。奈良漬2,3切れにやっぱり浅漬けかぬか漬けが必要だと思います。

当然のことですが、うなぎは、国産に限ります。

中国のうなぎを食べると風邪が治るそうです。それは、抗生物質を多く含んでいるからだとジョークともつかぬことをある人が言っていました。

Yamada これは、実家の近くのうなぎやのもの。

表面が焼き焦げてパリッとしており、タレのこげ具合がまたなんとも美味しいのです。田舎風で、千葉や浅草もこの手のものが多いように思います。

Kennchanunagi_1 けんちゃんも好き嫌いというか、食べず嫌いが多いのですが、うなぎは大好き。

苦いところは、まだ、苦手なようで、部分的に残してしまうこともあります。

Meirojpg_7 食べているときも遊びのことを考えているのか、「これ迷路みたいね。」

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2006年8月 4日 (金)

帽子

Boushi1_1 今から15年くらい前のことだ。ちょうど、都倉俊一が社長を務める企画会社から長嶋茂雄が会長を務める財団法人へ転職した夏のことだ。

当時、財団の事務所は、乃木坂にあった。転職した7月は、前の会社の仕事で決まっていたコンサートの現場と新しい財団のプロジェクトの打ち合わせや立会いで結構忙しくしていた。

ある日、財団事務所での打ち合わせが長引いてしまって、その後4:00からベルビー赤坂で待ち合わせたお客さんとの打ち合わせに遅れそうだった。

あわてて、大通りに出ると、サッと手を上げ、タクシーに乗り込むやいなや、「赤坂見附まで」と、急いで伝えた。乃木坂から赤坂見附は、それほど遠くはないが、車が混んでいて、思ったより時間がかかりそうだった。時間が心配だった私は、何度もチラチラ時計を見て、これは、遅れるなーと思っていると、

「お客さ~ん、出勤何時から?」

「はっっっ。。。。。。。。。。。。。。。」

当時は、ボディコンが流行っており、その時には、黒のストレッチ綿のイタリアデザインの黒のワンピースに白・黒格子の丈の短いボレロのついたスーツに、黒のツバ広の帽子をかぶっていた。黒のエナメルのヒールのパンプス。首には、太目の金(メッキだが)のチョーカー。しかし、当時は光物が流行っていたし、そう目立つ服装ではなかったはずだ。

この件を事務所に帰って、皆に話したら、

「それは、帽子のせいに違いない!」ということになった。

そうか?

母が帽子が好きなせいで、我が家では、こどもの頃から冬も夏も家族全員が帽子を被るのが当たり前だったので、大人になってからも、いつも当然のように帽子を被っていた。アレルギーだし、ただ道端歩いているだけでも「どこの海行ってきたの」と聞かれるほど、日に焼けてしまうので、実用品としても帽子は私には必需品だったのだ。

しかし、確かに大人になってみると、“世間”ではツバのある帽子を被っている人はほとんどいなかった。

ヘー帽子被ってるとソレッぽいんだ。

Boushi_2 それから、自重して、しばらく、帽子を被るのを止めていた。確かに帽子を被ると髪がぺちゃんとなるので、脱げないし、脱ぐと髪が変になっているし、厄介ではある。満員電車では迷惑だし。

その後、オゾンホールの問題などが取りあげられ、紫外線の人体への害なども散々叫ばれるようになって、市民権を得た帽子をここ数年はまた被り始めた。

そうだ!“世間”に負けてはいけない。自己防衛は、自己責任。

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2006年8月 2日 (水)

NATIONAL GEOGRAPHIC

Natiogio 『マジソン郡の橋』で、すっかりお馴染みになった『NATIONAL GEOGRAPHIC』。

なぜ、こんなにくしゃくしゃになっているかと言うと、いつもお風呂に入って読んでいるから。

こんなにきれいな写真の雑誌が湯気や水でぐじょぐじょになってしまうのは、編集部や関係者に申し訳ないし、もったいないとも思うのですが、内容的にも文字量、サイズともお風呂で読むのに最適なのです。大きさも重さも。

せっかくのくつろぎの時間なのだから、優雅に過ごしたい。かといってファッション雑誌も能がない。昆虫や恐竜、様々な生物や水中、砂漠などの美しい自然の写真は、心が安らぐし、気持ちが豊かになれる。

それで、たまに「へー」とおもう記事にも出会えるのだから、くつろぎと癒しと活性化にもってこいの雑誌だ。お風呂のキーワードそのもの!

ここ数ヶ月は「ユダの福音書」がブームになっている。DVDブックを発売するためか、記事では、内容が小出しになっており、映画の予告のような段階だ。

同じ号で興味をひいたのは、「農業とまちづくり 独自の改革を進める 英国皇太子 チャールズの挑戦」。

これまで、コーンウォール公領というのが今もあるのを知らなかった。

1337年エドワード3世が、地代収入で王位継承者の財産をまかなう目的で創設し、代々皇太子が継承、所有する領地だそうだ。現在も5万5千ヘクタールあるという。それは、たとえばケント州とかかたまったものではなく、あちこちに飛び地のように存在するようだ。

ここの改革に熱意をもって、チャールズ皇太子が取り組んでいるという。積極的に住民とも語り合い、有機農法を中心に環境に配慮したまちづくりで、”持続可能な開発”を目指している。その成果か、2000年に約14億だった公領収入が2004年には、約27億円に増えたらしい。

チャールズ皇太子ブランドのレモンクッキーなども売られているようだ。イギリスという国は、本当にいろいろと入り混じった不思議な国だとつくづく思う。

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2006年8月 1日 (火)

豆腐を使った一皿

0801blog_3 昨日買った堅豆腐を使った一皿。

ご飯の代わりに下に堅豆腐を敷いて、その上に肉と野菜のしょうが焼きを盛りつけたもの。

しょうが焼きは、しょうがとにんにくをたくさん下ろし、ゴマ油とお酒、しょうゆで味付け。

たまねぎ、ピーマン、豆苗、みょうが、椎茸、にんじんなどをお肉と共にタレに漬け込み、ジャーと炒める。最後に一口大に切った堅豆腐をフライパンに滑らせるように入れ、サッと火を通し、味をつけます。

最後に水でさらしたたまねぎ、生の豆苗をちらし、ブロッコリー、プチトマトを付け合せました。簡単なワンプレートディッシュ。

しょうが焼きは食欲のないときにもグッドですね。

この調子で頑張って豆腐を食べきろうっと。

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