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2006年4月30日 (日)

家事の日

今日は洗濯をし、久しぶりに針をもった。買ったばかりのパジャマの袖がほつれてしまったのだ。うちで着るものなので、適当にかがった。ついでに、ジャケットやパンツの取れかかったボタンも補強した。思えば、一人暮らしをする前は、自分で縫うことはなかった。中学・高校の制服のすそが下りてしまうと、セロテープやガムテープで貼っていたほどだ。後で、ベタベタになると母に見つかって怒られた。

高校の家庭科実習だったパジャマ製作では、初めは自分でやっていたが、寸法を測って、型紙を作って、また測って、ピンで留めて、切って、ピンで留めて荒く縫ったあとでピンをはずして、ミシンを踏む。あのピンをうったり、取ったりがなんとも面倒くさい。またミシンの針の動きとスピードの感覚がなれなくて、おっかなびっくりだ!なんとも面倒くさくなって、困っていると、友達が数学の宿題をやってくれたら、代わりに縫ってくれるという。こんな面倒くさいことをやるのであれば、数学の問題を解くことの方が、どれだけ楽か。家庭科の時間、みんなが布切れを出して、切ったり、縫ったりしている中で、ノートを布で隠しながら、友達が翌日に前に出て黒板で解く予定の問題を一生懸命やったものだ。なぜか数学が大好きだった。先生が好きだったのも一因だったかもしれない。数学部というクラブまで作った。活動はほとんどがおしゃべり。本当のクラブ活動はマンドリン・ギター部で指揮者をしていた。音を出すとギスギスなので、指揮者にさせられたという説がある。その名残で今もカラオケに行っても音楽を聴いてもついつい、指揮をしてしまう。

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2006年4月29日 (土)

けんちゃん語録“今日も楽しい一日をありがとう”

ちょうど去年の今頃、初めて甥のけんちゃんがわたしのところへ一人で泊まった。

浅草で待ち合わせて一日めは、一緒に上野の博物館へ行った。恐竜展をやっていたために入館までに小一時間長い行列に並ばなければならなかったPict0372_1

若干4歳で、この行列に静かに並んでいられるか心配だったが、お話をしたり、しりとりをしながら何とかこの時間を凌ぐことができた。さてさて、いよいよ館内に入るや否や、けんちゃんは売店を見つけると本売り場に一直線。「これとこれとこれ、、、」という具合に昆虫や恐竜の図鑑などを取り出して買うという。重いから、先に恐竜みてから帰りに買おうと言っても、「売り切れちゃうから、先に買わないと駄目だ」と聞き分けがない。「けんちゃんは、昆虫博士になるんだから、こういうのを買わないと駄目なんだよ。」仕方がない。ハードカバーのこども本も結構高い。結局4冊も買うことになった。カードを使えるか聞いてみたが、駄目だった。(フランスの美術館などは、数百円の入場料でさえ、カードが使えるようになっている。)本を確保して、やっと館内の見学だ。最初は、面白みがわからないようだったが、だんだん博物館の楽しみ方も要領がわかってきたようだった

Pict0370 1日のほとんどをここで過ごした。疲れたので外へ出て、文化会館横のカフェへ。中が込んでいたので外のテーブルを確保した。「アイス買ってくるから、ここで待っててね。どこへも行っちゃ駄目だよ。本みて待っててね。」「はーい」カフェの中に買いに行ったがここでも行列。なかなか順番が回ってこない。心配なので、けんちゃんが待っている外のテーブルを確認しながら、かれこれ15分くらいかかってしまっただろうか。やっと、アイスを買ってテーブルに戻ると、けんちゃんは、「あんまり遅いから、けんちゃん、泣いちゃったんだよ。」

さあ、アイスも食べて休んだのでおうちへ。疲れたのか山手線のなかで眠ってしまった。降りる駅に来ても声をかけても起きないので、乗り越した。やっと起きたので、2駅戻って、恵比寿に着いたまず、家に帰り、荷物を置いてから、また、ガーデンプレイスに遊びに行った。最上階まで上がるエレベーターの中では、高い高いと喜んだ。三越の本屋に行ってしまって失敗した。けんちゃんは本が好きだ。百科事典を見ると「けんちゃん、こういうのが欲しいんだよ。」と駆け寄る。「あれ、なんだこれ。」良かった。発砲スチロールの見本だったので、買わずに済んだ。次に小学5年生の表紙をみて買いたがった。聞き分けがない。私もどうしたらいいのかわからず、「けんちゃんはまだ、4歳なんだから、5年生は無理。」思わず回りの同意を得たく、大きな声になる。けんちゃんは仁王立ちになり、動こうともしない。いつもいい子なのに、時々、聞き分けが無くなると手に負えない。「せっかく楽しもうと泊まりにきたのに、台無しじゃん。」となだめ、渋谷区を巡回しているミニバスに乗せた。かわいい絵の付いたコミュニティーバスだ。また、駅に戻ると今度は歩く歩道、スカイウォークが気に入ったようで、何度も何度も行ったり来たり。「もう1かい」。「もう1かい」。。。私も結構疲れてしまった。

食事をして、家に帰り、お風呂に入って、寝ようとしたら、急に「ママに電話してみようか」という。携帯に電話したが、繋がらなかった。それで、急に心配になったのか、「ママに会いたい。」と泣き出してしまった。さてさて、困った。何度電話をしても電話に出ない。泣き声はだんだん激しくなる。やっと電話が繋がった。「ママ、迎えに来てよ。」と言っていたが、話をして安心したのか、迎えにこれないことも納得したようだった。「ロイヤルミルクティー」を作ってあげようか。というと「うん」というので、PCで録画した昆虫の番組を見て待ってるように言い、キッチンへ。紅茶ができて、運んできたときには、PCの机の上に顔を伏せて眠ってしまっていた。疲れたのと、緊張と不安で一杯だったようだ。でもやれやれの1日だった。

Pict0374_2 翌朝、けんちゃんは、元気に目覚めると、開口一番、「もう寂しくないよ。」「今日は東京タワーへ行こう。」ご飯を食べてしたくをし、東京タワーへ向かった。エレベーターとエスカレーターを乗り継いで最上階へ行ったが、けんちゃんは「早く東京タワーに登ろうよ。」けんちゃん、もう東京タワーの中にいるんだよというとびっくりしていたようだった。タワーの外側を登ると思っていたようだった。こっちがビックリだ!Pict0378_1

中に水族館があるというので、入ってみたが、普通の家庭にもあるような小さな水槽がたくさんあるだけの水族館で私はガッカリしてしまった。ちゃんとした水族館を見せたかったのに。でもけんちゃんは、「たくさんお魚がいるね。」「これおもしろいよ。」と喜んでくれた。良い子だ!以前、お正月に実家に帰るときに、時間がなくてなにもお土産を用意できなかった時、たまたまどこかでもらったおはじきや紙風船のセットを持っていってけんちゃんにあげた。「こんなもの」と興味を引かないかなとおもっていたが、紙風船に思いもよらずキャッキャ、キャッキャ、声を上げて喜んで遊んでくれた。“なんていい子なんだ!”と思ったものだ。

私の母、けんちゃんの“ばあちゃん”が迎えに来る時間に近づいた。東京タワーからは、バスで戻ることにした。これで、地下鉄、山手線、ちびバス、タクシー、バスと経験できる。

バス停になかなかバスが来ないので、ずいぶん待たされた。しばらくはしりとりをして遊んだが、私も疲れてしまった。けんちゃんは、一人で、手でカブトとクワガタを作って、戦って、遊んでいた。その世界に入ってしまうと、話しかけても返事はなくなる。やっとバスが来た。乗り込むとまた、けんちゃんは眠ってしまった。恵比寿に着くと、ちょうど、私のマンションに母が入っていくところだった。家で、昨日、今日の出来事を話し、ちょっと休んでから、地下鉄で浅草まで送っていった。

その地下鉄の中で、けんちゃんは、私の名を呼び、耳元でささやいた。「今日も楽しい一日をありがとう。」(けんちゃん4歳の春:初めての東京お泊り200504月)

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2006年4月27日 (木)

ヒルズ3周年記念篠山紀信さんレセプション

Pict0392_2 先日、六本木ヒルズ3周年記念篠山紀信写真展オープニング レセプションにご招待頂いた。まずは森タワー52階で篠山さんの写真展を見、51階のヒルズクラブ メリディアーナでオープニングレセプションが始まった。

Pict0383_3  森ビルの森社長に続き、篠山さんが、そして、町内会代表で元総理の森さんが挨拶をした。元総理の森さんもヒルズの住人らしい。何か週刊誌に書かれたようだが、ちゃんと家賃を払っていると強調していた。

ヒルズには、数度としか足を運んだことがないが、いつも迷ってしまうので、私にとっては、なんだか行きにくい。篠山さんも同じようなことをおっしゃった。何度きても迷ってしまって、よくわからない。しかし、その後が違った。「でもその魔物のような魅力がここにある」と。さすがだ!

Pict0390_2 続いて森元総理は、ここには華やかさや魔物ではなく、この地に長く住み、土地を提供してくれた方々の地に足着いた生活があると強調された。これまたうまい!政治家は皆話しが上手いが、調子に乗りすぎると失言してしまう。この日はセーフ。

Pict0388_3 この日、通常のアート系のオープニング レセプションと決定的に違っていたのは、お料理の豪華さだった。さすが森ビル六本木ヒルズ3周年記念!デザートだけでも20種類くらいはあっただろうか。素晴らしい!チョコレートの香りに包まれてなんとも幸せなひとときでした。     

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2006年4月19日 (水)

クラシック コンサート

今日は、仕事のお付き合いのある方からご招待いただき、東京ニューシティー管弦楽団第45回定期演奏会へ行ってきました。若いオケだから、実力的にはそれほど完成度は高くないけど、選曲や、テーマの絞り方、運営など工夫して頑張ってるなーという感じで大変参考になりました。

曽我大介さんが首席指揮者に就任した記念の公演。年間テーマは“愛と死”。今回は、1:チャイコフスキーの「ロミオとジュリエット」第一稿1869年版(おそらく日本初演ではないかと言っていました)と2:プロコフィエフの演奏会用組曲「ロミオとジュリエット」より、3:曽我さん作曲の「ロマンティシズムへの追憶 -ロミオとジュリエットの幻想-」(新作世界初演)最後は4:バーンスタインの「ウエストサイド ストーリー」より、“シンフォニアン・ダンス”、“サム・ホエア

”島谷ひとみさんがサプライズソリストで歌を歌いました。島谷ひとみさんって沖縄出身の人かと思っていましたが、見た目も歌も全然違って、わりかし良かったです。(失礼!)私もそういう関連の仕事している割には、若い人のこと全然知らないのよね。でも、島谷さんもこういう機会に、私のように、今まで聞こうとも知ろうともしなかった人に届いて、オーケストラにとってもお客にとっても皆にとって良かったのではないでしょうか。コンサートもウエストサイドは、演出的に面白かったし、全体にクラシックのマニアックな部分(第1稿なんて)とポピュラーの両方を味わえ、とても楽く、オーケストラの可能性を期待できる夜となりました。私も今度、島谷さんの歌覚えて、カラオケのレパトリーに加えようと思いましたものね。

ひとつ残念だったのは曽我さんの喋りが悪かったのかマイクが悪かったのか、せっかくの説明が聞き取りにくかった!

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2006年4月14日 (金)

花木の宿

 東京から電車とバスを乗り継ぐこと約5時間。やっと着ました花木の宿(かぼくのやど)に。この春から東武線とJRが乗り入れして、あのスペーシアに新宿発着号ができました。早速にこれを利用しようという人で、結構始発の新宿駅は、年配のご夫婦・ファミリー・カップルでなかなかの賑わい。ただ、どのホームから出るのか、何号車はどのあたりか表示がわかりにくく、駅員さんに質問する人が多かったよう。ほとんどの乗客は、鬼怒川温泉で降りたが、私が目指すは福島県南会津郡伊南村大字大桃字平沢山の「花木の宿」だ。鬼怒川温泉からさらに野岩線に乗り換え、会津高原駅からバスで更に1時間半。遠いなーと思いながらも、久々にのんびりと車窓からの眺めや山々の風景に日本の自然の豊かさと多様さに感動!

宿は、奥会津の昔の曲屋の民家つくりをいかし、暖かくそして、モダンな雰囲気を醸し出している。木の香りいっぱいの天井の高いロビーは、開放感と親しみとを感じさせ、お部屋への期待感を高める。まずは、ロビーで蕎麦茶とお饅頭のサービス。それから、部屋へ案内される。(離れまでの導線の雰囲気は、レゾネイトくじゅうにも感じが似ている。レゾネイトに泊まった時も大分ではあっても、同じような雪景色だった。)今回は、露天風呂付の離れを予約した。湯桶のそこから源泉が沸き出で、正真正銘のかけ流し。ちょっと熱い湯も体を沈めれば、外の雪景色と空気の冷たさでちょうど良く、至福のひとときだった。湯は無色透明、若干硫黄の香りがする。ちょっとぬるっと肌に絡まる感じが美肌によさそう。実際、薬品を扱うお仕事で手が荒れた方が湯治にくることもあるそう。

部屋には囲炉裏の部屋と畳の10畳。6:00の夕食前に、もう1度お風呂に入った。お待ちかねのお夕食。ここのお料理は中華料理。おそらく周辺の宿との差別化を狙ったものと。お味はなかなかおいしい。品数も多く、その割りに量も多く、残すのが躊躇される世代ではあるが、さすがに全部は平らげることができなかった。また、苦手な素材は最初に伝えておけば、ちゃんと対応してくれるので助かった。

朝食は、和食と中華の折衷で、ご飯は普通のご飯と中華粥が選べる。たった1泊でも十分のんびりできる。また、スタッフが皆さん親切で素朴で温かい。

長湯温泉の大丸旅館の女将の横柄な感じがよぎってしまった。Pict0374 Pict0380 Pict0372 Pict0381 Pict0375 Pict0376 Pict0384 Pict0378

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